第33章 うつつ夢列車
「っ」
「蛍ちゃん?」
「ん。なぁに?」
頸を傾げる姉に、目頭を押さえてなんでもないと笑う。
これくらいで泣きそうになるなど、余程感情的になってしまったらしい。
それだけ姉恋しかったのは確かだ。
「…でもね蛍ちゃん。蛍ちゃんは私の他にも、もっと我儘になっていいのよ」
「え?」
唐突な姉の提案に意識を引き戻される。
きょとんと見れば、先程の笑顔は困ったような苦笑に変わっていた。
「槇寿郎さんもだけど、杏寿郎くんも私によく尋ねてくるの。蛍ちゃんの日々の様子のこと」
「…杏寿郎が?」
「蛍ちゃん、私の前だと暑いしんどいって愚痴を漏らすのに、杏寿郎くんの前ではあまり漏らさないでしょう?」
「…え。っと」
「お姉さんを甘く見てはいけません」
図星だった。
妊娠してからは特に、不便なことも増えて以前はできたことが上手くできなくなったこともある。
食生活、睡眠時間、運動量も大きく変わった。
妊娠前、そして鬼の時はなんでもできたことができなくなった。
共に同じ食事を味わったり、陽の下を歩いたりすることは、人間に戻ってできるようになったことだ。
それでもできなくなったこともある。
「ねぇ、どうして?」
頸を傾げて、下から覗き込むようにして優しく問いかけられる。
姉の前では素直な体は、その重い口も開かせた。
「…人間に戻って気付いたの。鬼の時は、何もわからなかったけど…私ってこんなに弱かったんだなぁって」
たちどころに再生する肉体。強靭な筋肉。
人間の三大欲求を何一つ必要としない驚異の身体だ。
それを失くしてしまえば、残るものはただの一人の女性としての機能だけ。
やっと杏寿郎達と同じ土台に立てたのだと最初こそ嬉しかったが、妊婦となれば別だった。
自分の思うように上手くいかないことが多くなり、当然のようにやっていた家事もままならない時が出てきた。
その度に年下の千寿郎や、姉に任せきりになってしまうのだ。
妊婦となり鬼殺隊としての第一線からも退いた。
衣食住全てを養ってもらっている身としては、申し訳なさが募ってしまう。