第33章 うつつ夢列車
「蛍ちゃん、大きくなったわねぇ」
「ふふ。なぁに? それ。重くなったの間違いじゃないかなぁ」
「ううん。大きくなった。なんたってお母さんにまでなるんだから」
「お母さん、かぁ…」
姉の背中に身を預けたまま目を瞑る。
母親と聞いて思い浮かぶものは、いつだって一人だった。
「お母さんは知らないけれど、人の愛し方は姉さんに教えてもらったから。だから私はここまで来れたんだと思う」
「あら。嬉しいことを言ってくれるのね」
「本当だよ。だから私の成長は、姉さんの存在の賜物なの。姉さんの目に私が大きく立派に映っているなら、私も嬉しいな」
「…うん。立派になった」
頸だけ捻り振り返った姉の目が、優しく細まる。
「でも私にとって蛍ちゃんは幾つになっても蛍ちゃんだけれどね」
「なぁにそれ」
「可愛くて、甘えん坊で、健気で、一途にお姉さんを好きでいてくれる蛍ちゃんだってこと」
「それはそうだよ。姉さん大好きだもん」
「あら、私もよ。世界で一番大好きで、世界で一番大切よ」
「私も。姉さんが一番」
「ふふ。じゃあ両想いねぇ」
どんなに歳を重ねても、立場を変えても、姉の前では丸肌の自分でいられる。
ありのままの幼い心で甘えて、駄々をこねて、我儘も言える。
何も気負うことなく自分自身を曝け出せるのは、姉の前だからだ。
懐かしさとほんの少しの切なさを感じて、いつかの言葉を互いに交わす。
頸を傾げて視線を合わせれば、ふんわりと姉は花が咲くように笑ってくれた。
(ああ。好きだなぁ、その笑顔)
よく見ていた、大好きな姉の笑顔だ。
世界で一番、という言葉は大袈裟でもなんでもない。
本当に自分にとっての世界だった。
どんな人生を送ろうとも、その笑顔は太陽のように自分の周りを照らしてくれていた。
だから生きていけたのだ。
じわりと、目尻の奥が熱くなる。