第33章 うつつ夢列車
煉獄家は広い。
武家屋敷のような家には大黒柱の槇寿郎、その息子である杏寿郎と千寿郎の三人だけではあり余る。
故に籍を入れた際に、誘われるがまま蛍もこの屋敷に住まうこととなった。
唯一の家族である姉のことも快く受け入れてくれた彼らには感謝してもしきれない。
隙間風の多かった、昔に住んでいたあばら家とは違う。
雨漏りも食事の心配もいらない温かな家での日々は、やがて蛍の身に新しい命を授けたのだ。
「それで、そのアイスクリンはどの煉獄さんが買ってきてくれたの?」
「槇寿郎さんよ」
「槇寿郎さんが?」
「ええ。固い態度も多いけれど、あの方はとてもお優しい人よね。蛍ちゃんのこともいつも気にしてくれているし」
「そうなんだ…」
「蛍ちゃんが懐妊にしてからは顔を合わせると必ず訊かれるのよ。蛍さんの具合はどうですかって。本人に直接訊けばいいけれど、それができないのがきっと槇寿郎さんなのねぇ」
「…そっか」
一度は命の危機とも言える程の劣悪な関係となったこともある。
そんな槇寿郎だからこそ、再び繋げられた関係が奇跡のようだと蛍は静かに噛み締めた。
改めて不器用ながら、大きな愛を持ち得ている人なのだと。
「姉さん。私、槇寿郎さんのアイスクリン食べたい」
「そうね。槇寿郎さんもきっと喜ぶわ」
「どうせなら杏寿郎や千くんとも一緒に食べたかったけど…」
「今は買い出し中だものね。帰って来るまで待つ?」
「うーん…ううん。それはまた今度にする。今は姉さんと一緒に食べたいから」
動かずともじとりと汗を掻く夏の暑さにやられていたこともあるが、何より槇寿郎の心遣いに早く触れたかった。
はいと挙手すれば、姉の顔も安堵を入り交えて和らぐ。
「ふふふ、そうね。なら一緒に食べましょ。取って来るから蛍ちゃんは待ってて」
「ううん、私も一緒に行く。少しは体を動かさないと」
「あら。さっきまで暑いしんどいと、だらけていたのは誰だったかしら」
「誰でしょう」
「蛍ちゃんによく似た子だったと思うんだけどなぁ」
「私によく似ているなら、姉さんにも似ているんだからね」
「まぁっ。言われてみればそうね」