第33章 うつつ夢列車
たおやかに告げる女性の言葉には嫌味がない。
両手をぴたりと口元で合わせ、「ね」と笑いかける彼女に、蛍は丸くした瞳を和らげた。
「そう、なのかなぁ」
彼女が笑えば、自然とこちらも笑顔になる。
柔く、引き込み、抱きしめてくれる。
そんな彼女の笑顔が大好きだった。
「そうよ。だって蛍ちゃんの体はもう一人じゃないでしょう?」
口元で合わさる掌が、そっと蛍の腹部に触れる。
帯を巻いたその下には、まぁるく膨らんだ腹がある。
「ここには大切なややこがいるんだから」
着物の生地を通してでも感じる"生きた"証に、女性は尚の事嬉しそうに笑った。
「姉さん…」
実感する度に、じわりと胸の内側から溢れる甘酸っぱさ。
照れ隠すように蛍もはにかめば、目の前の姉は満面の笑みを浮かべた。
「そうよー私は蛍ちゃんのお姉さんなの。あなたの伯母さんになるのよー。早く出ておいでねえ」
「ん、ふふっ姉さんってば」
「でも蛍ちゃんときたら、最近あまりご飯を食べてくれないの。暑い暑いとお水ばかりで」
口元に掌を当てて、ややこに呼びかけるように語り出す。
姉の言う通りに、夏の体感温度が変わってしまったのはこの体の変化の所為だろう。
赤子を宿した体は命を守る為に脂肪を増やし、いつも以上に熱のこもる体は夏場には常に汗を掻くようになった。
「仕方ないよ、本当に暑いだもん…姉さん、お水頂戴」
「あらあら、駄目よ。水分ばかりじゃなく栄養も取らないと。お水と一緒にご飯も食べましょうね」
「うーん…」
ぱたぱたと掌で顔を仰ぐ蛍を優しく制して、空になったコップを手にする。
「そういえば煉獄さんが冷たいアイスクリンを買って来て下さっていたわ。蛍ちゃん、食べる?」
「姉さん姉さん。私も煉獄さんだけど」
「あっ。そうだったわね」
口元に手を当ててはたと動きを止める姉に、くすりと蛍は口元で笑った。
この腹にいる命は、他でもない同じ姓を持つ彼から授かったものだ。