第33章 うつつ夢列車
「──…っ」
現実世界の無限列車車両内部。
其処で三つ編み少女の頸を片手で締め上げている杏寿郎の表情は険しいものだった。
眉間に皺を刻み、額に青筋を浮かべ、音もなく歯を食い縛る。
しかしその目は固く閉じられたまま開こうとしない。
体は命の危機に動いているが、精神は未だ夢の中。
魘夢の血鬼術に捕らわれていた。
そんな鬼気迫る空気に気付くこともなく、炭治郎も善逸も伊之助も深い眠りについている。
それは杏寿郎の向かいの座席に座る蛍も例外ではなく。
禰豆子の木箱に凭れたまま、深い寝息を繋いでいた。
深く、深く。
縄に繋がれていないその精神は、誰の侵入も許さず。
ただ一人、深くに沈んでいた──
──ちり ん
儚い音色がひとつ。
──ち りん
続く可憐な音がふたつ。
ちりん、ちりんと交互に奏でるふたつの音は、まるで囀(さえず)り合っている小鳥のように。
ひとつは金魚が透明なガラスを泳ぎ。
ひとつは小さな紫の桔梗の花が咲く。
──ちりん
夏の風物詩である風鈴が二つ。
軒下に吊られて、晴天の影で歌っていた。
「…あ"っつい」
風靡な空気とは相反して、心底訴える声が不意に響く。
「無理。暑い。しんどい。暑い」
ジーワジーワと遠くから鳴く蝉の声が、余計に肌に熱を持たせる。
掻いた汗でしとりと濡れた手で額を拭い、縁側に座り込んでいた人影が項垂れた。
「暑い…」
「そう暑い暑いと口にしていたら、余計に暑く感じるんじゃないかしら」
「だって暑いものは暑くって。去年の倍の暑さじゃないのかなこれ…」
「あらそう? 去年もこのくらいの暑さじゃなかった?」
「えええ…そうだっけ…」
項垂れる声とは裏腹に、たおやかに明るい声が優しく励ます。
その声に見合う長い睫毛の下には優しい眼差しを持つ女性が、項垂れる人影を見て微笑んだ。
「きっとそうよ。蛍ちゃんの感じ方が変わったのだと思うの」