第33章 うつつ夢列車
息ができない。
気道が締め付けられる。
少女の細い頸はぎりぎりと皺を寄せ凹んでいた。
まるで見えない手に頸を鷲掴まれたかのように。
「ぅ…っぎ…!」
押さえ込んでくる何かを必死に掴もうとするも、締め付けられる頸には何もないのだ。
空(くう)を掴むことしかできずに、少女は呻きうずくまった。
──通常、魘夢の術に落ちて眠りについている時、人間は体を動かすことができない。
意識と肉体を完全に切り離された状態で夢に閉じ込められているからだ。
魘夢は細心の注意を払っていた。
術に落ちていたとしても殺気を敏感に察知し、鬼狩りは術を破る可能性もある。
だからこそまず"人間"を使って鬼狩りの精神の核を破壊し、廃人にした上で肉体を殺害する。
精神の核を失った者は、殺される時ですらなんの抵抗もしない為だ。
(これ、は…ッまさか…!)
見えない力が誰によるものなのか、疑問を持たずとも少女は直感していた。
それこそ目の前の精神の核の主。
命の危機を感じた杏寿郎自身だ。
(動けるはずなんてないのに…!)
夢に入り込んでいた少女は、心の破壊の仕方を知っていても一般人である。
人の殺し方も知らない少女から殺気は放たれていない。
それでも本能で察した杏寿郎の体は動いていた。
座っていたはずの体は立ち上がり、手の届く範囲にいた少女の頸を鷲掴む。
簡単に座席から持ち上げる程の力だ。
それでも相手は無力な人間の少女。
殺す訳にはいかないと、呼吸を狭めるだけで決定打は下せなかった。
「ぐ…っか…(なんて…生存本能なの…ッ)」
すぐ目の前には目的である精神の核がある。
それでも手は伸ばせずに、びくびくと震える少女の掌から錐が転がり落ちる。
夢の中で酸欠状態に陥り、がくんと膝をついた少女はそのままぼたぼたと唾液を垂らし苦しんだ。
現実からの圧力で、前にも後ろにも動けない。