第33章 うつつ夢列車
(それよりも"夢の端"まで早く…っ)
それこそ幸福を描いたような彼らの姿に背を向けて、少女は一目散に走り出した。
煉獄家から遠ざかるようにして距離を取っていく。
魘夢の見せる夢は無限には続いていない。
夢を見ている者を中心に円形となり、夢の世界は形作られている。
その夢の外側には夢の主の無意識の領域があり、無意識の領域には"精神の核(かく)"が存在している。
その核を破壊されると、夢の主はたちまちに廃人となってしまうのだ。
(──あった! 壁だわ…ッ)
走って、走って、走り続けて。
少女が足を止めたのは、目に見えない壁を見つけた時だった。
目の前には家々が並ぶ道が続いているが、実際にはその先へは行けない。
見えない壁に足止めされて、そこに壁があるようにぺたりと少女は手をついた。
不意に着物の帯の下から取り出したのは、鋭い錐(きり)。
その白く鋭利な先端は煙霧の歯を利用して作られている。
更には白い持ち手は煙霧の骨から作られている。
実質、煙霧の体から作り上げられた特別な能力を持つ錐だ。
(早くこいつの精神の核を破壊して、私も幸せな夢を見せてもらうんだ…!)
こんな男の幸福図など、陳腐に思えるくらいに幸せな夢を。
歯を食い縛り、見えない壁に向かって錐を強く打ち込む。
目の前の景色がぐにゃりと歪む。
打ち込んだ錐を力いっぱい横に引けば、見えない壁に"裂け目"ができた。
柔らかな布のように、錐が打ち込まれた箇所から大きく広がる裂け目。
その先に見えたのは、のどかな田園地帯とは異なる景色だった。
(…変な無意識領域……熱い…)
見えない壁を裂いた先こそ、魘夢に教えられた夢の主の無意識の領域。
杏寿郎の其処は、敷き詰められた四角い岩の床の至る所でぱちぱちと炎を燃やす場所だった。
燃えるものなど何もないというのに、あちこちで炎が上がっている。
一歩踏み入れば、むわりと熱気が少女の肌を刺激した。