第33章 うつつ夢列車
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眠り鬼・魘夢の作った縄は、繋げた者の夢の中に侵入できる特別な力を持つ。
「──…」
ゆっくりと瞼を開く。
閉じる最後に見えていたのは、向かい合わせの列車の座席に座った柱である男。
再び瞼を開いた先には、全く違う光景が広がっていた。
のどかな田園地帯が広がる風景。
軒並み家々が並び続く風景を追っていれば、武家屋敷のような一軒の家で目が止まった。
なんとなしに足が向いたのは、やはり夢の持ち主に吸い寄せられていたのだろうか。
「そんなに焦って振り下ろす必要はない。肩の力を抜いて」
「こう?」
「そうだ」
開いた長屋門から覗いた広い庭には、目立つ容姿の兄弟が二人。
幼い弟に剣技を教える兄の姿こそ、眠りにつく間際に見た男の姿だった。
「杏寿郎。千くん。お茶を淹れたから一休みするのはどうですか」
「姉上」
「うむ。茶と菓子か。いいな!」
「今日のお茶菓子はスイートポテトだよ」
「スイートポテト!」
「姉上、そんなハイカラなものを作れたんですか?」
「俺の誕生祝いにも作ってもらったことがある。すいーたぽっとというなんとも愛らしい名称で出してく」
「わぁああっ! 杏寿郎!?」
「すいーた…ぽっと?」
「空耳かな千くんそれは!」
そこへ一人の女性が茶と菓子を乗せた盆を手に縁側から声をかける。
たちまちに賑やかになる空気からして、気付かれている様子はない。
(危ない、本体がいる)
それでも見つからないようにと身を縮めて、三つ編み少女はゆっくりと後退った。
本体の男──煉獄杏寿郎の、ここは夢の中である。
(気付かれないようにしないと…)
楽しげに会話する彼らの姿は、仲睦まじい家族のようだ。
特に、顔を赤くして庭に下りて来る女に向ける杏寿郎の瞳は、先程の稽古とは打って変わり優しげな色を帯びていた。
それは愛おしい者を見る目だと少女も知っていた。
知っていたからこそ、表情が強張る。
(他人の幸せなんて反吐が出る)
見せつけられるだけの幸福など、それを切望する部外者には害悪でしかない。
だから嫌いなのだ。