第33章 うつつ夢列車
自分だってそれを望んで此処にいるのだ。
他人の幸せな寝顔を見に来た訳ではない。
冷たい眼差しで一蹴すると、炭治郎に肩を貸して寝入る杏寿郎へと視線をずらす。
目的の為ならば手段は選ばない。
そもそも選ぶことさえできない。
(そうよ。私にはこの道しかないんだから)
弱者には弱者にしか歩めない道があるのだ。
炭治郎とは対照的に、静かな表情にほのかな温かみを感じる寝顔。
この男もまた幸せな夢を見ているのだろう。
(精々、最期の幸せに浸っているといいわ)
他人の幸福など興味はない。
その思考に入り込み五感で感じるなど寒気がする程だ。
それでも向かわなければならない。
どんな幸福にも勝る、己の幸福を掴む為に。
「大きく、ゆっくり呼吸をする。数を数えて」
ふぅぅー、と深呼吸をして息を整える。
両目を瞑り、ゆっくりと脳内で数を一から数え始める。
いち、にぃ、さん、し。
(そうすると自分にも眠気が──)
ご、ろく、しち、はち。
段々と数える思考が鈍くなっていく。
閉じていた瞼はより力をなくし、縄を握る手の筋肉が緩む。
意識は微睡み、海底に沈むようにゆっくりと降下していく。
ゆっくり、ゆっくりと。
(きゅう──…じゅう)
膝に置いていた少女の手が、ぱたりと力なく座席へと落ちた。
「ねんねんころり、こんころり。息も忘れてこんころり」
歌うように紡ぐ。
楽しげな声。
「鬼が来ようとこんころり。腹の中でもこんころり」
子守歌のような声は、静かながらに嬉しそうに嗤っていた。
「楽しそうだね。幸せな夢を見始めたな」
振り返る魘夢の眼下には、列車の上部しか見えない。
しかし術者である煙霧には、手に取るように眠りについた者達の夢を把握することができた。
一般乗客全員は勿論のこと、鬼殺隊の彼らの夢も。