第33章 うつつ夢列車
「取り乱して悪かった。…だが蛍ももう少し注意してくれ。でないと俺の心臓がもたない」
くしゃりと反り返った前髪を片手で搔き乱す。
杏寿郎のその表情にはまだ不安が根付いたままで、蛍は押さえられていた頬を擦りながらぱちりと目を瞬いた。
「…杏寿郎」
「なんだ?」
「はい」
「?」
じっと様子を見ていたかと思えば、蛍は徐に腰を上げると畳んだ日傘を差し出す。
出されるままに受け取る杏寿郎の、乱れた前髪をふわりと撫でて。
「そこにいて」
たん、と軽い身のこなしで玄関の引き戸を跨ぐ。
その軽やかさは継子なだけに、杏寿郎が声を漏らす暇もなかった。
あ。と思った時には既にその体は、太陽の注ぐ世界へと踏み出していたのだ。
「っ!」
一足遅れて追いかける。
日傘を放り身を乗り出し、同じく引き戸を跳ぶように跨ぐ。
一息で追いつく杏寿郎を、見越していたかのように。
「ん!」
くるりと振り返ると、蛍は両手を広げて迎え入れた。
勢いのまま飛び出した杏寿郎は急な蛍の反応に驚きながらも、反射的に迎える体を抱きしめる。
「っ蛍…!」
「んふふっ」
先程注意したばかりだろうと荒げた声は、腕の中で軽やかに笑う声に搔き消された。
「杏寿郎の反応に、なんだか昔のこと思い出しちゃった」
「…蛍?」
「なぁに?」
「…何故…」
唖然と見つめる腕の中。
玄関を出た中庭で、陽に当たる場所だというのに。
抱きしめた柔らかな体は臆することも強張ることもなく、ましてや肌を焼くこともなくそこに在った。
何故、鬼である蛍が陽光により被害を受けないのか。
出会った時から蛍は鬼だった。
禰豆子のような特異体質ではなく、杏寿郎が今まで出会った鬼のように血肉を糧とし、藤の花や陽光を嫌った。
染み込んだその常識を覆されたことに驚きを隠せず、いつもは流暢に回る口がぎこちなく開閉する。