第33章 うつつ夢列車
両腕に荷物を抱いたまま、僅かに日傘をずらして千寿郎へ向く顔。
煉獄男児にはない、暗い色味の柔らかな髪。
日傘に隠れた肌は、陽に当たることに慣れていない白さを持つ。
唇に薄らと乗るは、いつかに贈った亡き母の淡い薄紅色の紅。
「──あ、」
鮮やかな緋色ではない、擬態時に見せる落ち着いた色の瞳をひとつ、瞬いて。その目は千寿郎の隣に立つ杏寿郎を見つけた。
薄紅色の唇が柔からな弧を描き、日傘を持つ手が下る。
どくんと二度目の心音が嫌に響く。
「っ!」
「兄上?」
瞬間、弾けるように杏寿郎の体は縁側から飛び出していた。
千寿郎の呼び声も追いつかせず、瞬く間に玄関先まで飛び出した杏寿郎は勢いのままに日傘を持つ細い手を鷲掴む。
「っ何を…!」
「え?」
太陽もまだ高い正午。
そんな時間帯に小さな日傘だけで一人買い物に出かけるなど。
「いつもの袴はどうしたッ? こんな姿で出歩くんじゃない!」
見覚えのある白藤色の着物は、確かに彼女の為にと贈ったものだ。
それでも隅々まで紫外線防止を考えて作られたあの袴とは違うのだ。
見慣れた手袋も何も身に付けていない素肌の腕を掴み直して、杏寿郎は眉間に皺を刻んだ。
たった数十歩だけの距離を跳んだ体は、焦燥に呼吸を乱す。
「蛍ッ!!」
そう、鬼である蛍にとっては。
太陽こそが死を呼ぶものなのだ。
「き…杏寿郎…?」
強制的に頭上に戻された日傘の下で、ぽかんと呆気に取られる蛍の顔が間近に見える。
何故一瞬でも忘れていたのか。
千寿郎が「姉上」と呼ぶ相手は、後にも先にも一人しかいないと言うのに。
「兄上、草履も履かずに駆け下りるなんて…足袋が汚れますよ」
「え? わ、ほんとだ。杏寿郎、おうちに上がって。ほら早く」
「蛍の方こそ早く上がるべきだ。千寿郎、何故蛍をこんな昼間に買い物になど出させた」
「それは…」
「千くんは何も悪くないよ。私が八重美さんに用事があったから、そのついでにって買い物用事を担っただけで──千くん?」
「はい?」