第33章 うつつ夢列車
煉獄家に女児はいない。
千寿郎が姉と呼んでいた相手など、この生家にはいなかったはずだ。
「…姉上?」
果たして千寿郎がそう呼ぶ相手は誰なのか。
見開くような双眸を丸くして杏寿郎が復唱すれば、千寿郎は可笑しなものを見るようにくすりと笑った。
「俺にとっての姉上です。兄上にとっては違うでしょう」
「…それは…」
一体誰のことか。
千寿郎の手を握ったまま、語尾の問いは形にならずに消えた。
そんな兄の反応に千寿郎が頸を傾げる。
「大丈夫ですか? 兄上」
「…その、姉というのは」
「何を言ってるんですか。兄上が我が家に連れて来てくださったじゃありませんか」
我が生家に連れてきた女性など、片手で数える程だ。
一番に思い付くのは鮮やかな髪色を持つ継子である甘露寺蜜璃。
(いや。違う)
継子であったはずだ。
なのに何故か、継子と考え脳裏に浮かぶ蜜璃の姿に、別の影が重なる。
もう一人いた。
炎の呼吸を扱えずとも、炎柱の継子となることを自ら望んだ相手が。
(父上ではない。俺だからと、言ってくれた)
炎柱だからと選んだのではない。
煉獄杏寿郎だから望んだのだと言ってくれた。
あの女性は。
「その者は、何処に?」
千寿郎の手を握る己の手に力が入る。
忘れてはならない。忘れるはずがない。
そう体の細胞が叫ぶように、記憶していた者のはずだ。
「今は買い物に出てくれているので、そろそろお帰りになる頃かと…あっ」
頸を曲げて広い庭を見渡す千寿郎の目が、一点で止まる。
その先を追うように杏寿郎も顔を上げると、長屋門を潜り玄関先へと向かう一つの人影を見た。
白藤色の着物に、生前の母が愛用していた小さな日傘を差している。
顔は日傘に隠れて見えないが、両腕に抱いた風呂敷から買い物帰りだということがわかる。
どくんと胸が一つ鳴る。
「姉上っおかえりなさい!」
縁側のぎりぎりまで駆け寄り声を上げる千寿郎は、いつもの大人しい姿勢とはかけ離れていた。
無邪気な笑顔で手を振る千寿郎に、気付いた日傘の女性が立ち止まる。