第33章 うつつ夢列車
兄の顔色だけで何かを感じ取っていたような千寿郎は、聞かされる前から不安げな表情を見せていた。
不安は的を得て、幼い双眸を揺らす。
その目にじんわりと溢れた涙が、静かに溜まっていく。
「そして千寿郎。お前は俺とは違う。お前には兄がいる。兄は弟を信じている」
腕に添えていた杏寿郎の手が、そっと千寿郎の手を握る。
「どんな道を歩んでもお前は立派な人間になる」
幼い目元の縁に溜まった涙が、ぼろりと。
零れ落ちた。
「燃えるような情熱を胸に頑張ろう!」
寄り添うような優しい声で。
不安を吹き飛ばすような闊達な声で。
励まし、支え、丸ごと愛してくれる。
自分がどんな状況下にいようとも、変わらない〝兄〟でいてくれる。
そんな杏寿郎の姿に堪らず千寿郎は、きゅっと唇を噛み締めた。
同じ目線の高さの兄に抱き付けば、温かい抱擁で迎えられた。
「頑張って生きていこう。──寂しくとも」
最後の言葉は消え入るように。
自分自身に言い聞かせるように、杏寿郎が噛み締める。
「っふ…ぐす…兄上…」
「案ずるな、千寿郎。俺がいる。俺とお前がいる。二人でいられるんだ」
寂しくとも独りではない。
この小さくとも温かい存在がいる。
千寿郎に語りかけながら、杏寿郎は思い出していた。
幼い頃。
心を闇に沈めていた時、底から引き上げてくれたのは千寿郎だった。
まだ幼く言葉も覚束ない小さな存在が、己を支えてくれたのだ。
独りではない。
二人でいられるなら。きっと。
「っ…兄、ぅぇ…」
きつく抱きしめていた幼い腕の力が緩む。
合わせるように顔を離せば、すんと鼻を鳴らした千寿郎がこちらを見つめていた。
「もう二人だけじゃ、ありません」
「む?」
「寂しいとも、あまり思わなくなりました」
涙は未だ残る。
目の縁を濡らしたまま、千寿郎はほんのりと口角を上げて笑った。
「兄上と、姉上のおかげで」