第33章 うつつ夢列車
──────────
静かに瞼を開く。
此処は何処だ。
──カタン、
辺りを見渡そうとして指先が触れたのは、傍らに置いた日輪刀。
見下ろせば、馴染みある炎の鍔を持つ得物が畳の上に置かれていた。
少しだけ色褪せた畳。
アルコールの匂いが微かに混じる空気。
足を運んだ回数は幾度とあるからこそ、すぐに其処が何処だか理解できた。
杏寿郎のよく知る寝室だ。
(俺は何をしに来た…そうだ。父上へ報告だ。柱になったことを)
それがあるべきことのように自然と脳裏に浮かぶ。
自分がこの部屋に座しているのは、ようやく念願叶った炎柱としての自分を見せる為だ。
これにより父も活気を取り戻すかもしれない。
いつも背けていた目をこちらに向けて、共に喜んでくれるかもしれない。
「父上。ご報告があります」
目の前の布団に寝そべる背中へと語りかける。
これで父の代わりができる。
共に煉獄家を支えることができる。
暗く澱んでいた家の中にも、母が生きていた頃のような光が戻るはず──
「柱になったからなんだ。くだらん」
ぴたりと杏寿郎の口が止まる。
語尾に喜びを添えて告げていた柱としての昇進報告は、覇気のない父の声に遮られた。
「どうでもいい。どうせ大したものにはなれないんだ…お前も、俺も」
背中を向けたまま、心底興味のない声で吐き捨てる。
父、槇寿郎の言葉には何も返せなかった。
心底喜んで貰えるとは期待していなかった。
それでも多少なりとも興味を持って貰えると思っていた。
その目に自分を映してもらえるくらいには。
(…柱になっても…駄目なのか…)
血の滲む思いをして掴み取った地位だ。
同じ柱であった槇寿郎なら、その並々ならぬ努力の必要性を知っているはず。
それでも駄目だった。
父の心を微塵も動かすことはできなかった。
ほんの僅かな可能性さえも踏み潰されて、杏寿郎の口元から笑みが消える。
なんの意味もなさないのだろうか。
鬼殺隊も、柱も、情熱も、志も。
父にとっては、何も。