第33章 うつつ夢列車
数ヶ月前。
炭治郎と義勇の手により斬首された鬼、下弦の伍である累。
その死により無惨は下弦の鬼全員を無限城へと呼び込み、結果彼らを散々たる方法で皆殺しにした。
否。魘夢だけを除いて。
どの鬼も鬼狩りにやられるような現状について言い訳を並べ、見え透いた嘘を吐き、ただただ恐怖し、更には逃げ出そうとした。
誰も彼もが使えない。
無惨の怒りはすぐに頂点へと昇り、呆気なくその手で全員の命を握り潰したのだ。
ただ魘夢だけは違っていた。
次々に同胞達が殺されていく様を見ても眉一つ動かさず、寧ろ高揚した顔で告げたのだ。
「他の鬼達の断末魔が聞けて幸せでした」と。
無惨直々に手を下して貰えることに喜びを感じ、自分の死を最後にしてくれたことに心から感謝した。
嘘偽りのない魘夢の態度に、無惨はその鬼にだけ目をかけたのだ。
己の血を大量に与え、更なる力を与えた。
鬼殺隊の柱、更には耳に花札の飾りを付けた鬼狩りを殺せと命じて。
そうして生まれたのが下弦の鬼の中で唯一の生き残りとなった鬼、魘夢である。
「どんなに強い鬼狩りだって関係ない。人間の原動力は心だ。精神力だ」
魘夢は用心深く、狡猾な鬼だった。
蒸気機関車という人間が作り出した物を利用し、人を喰らい続けた。
乗り物であれば必ず人間は利用する。そこに目をつけた。
鬼の気配を察知した鬼殺隊が挑んできても、必ず遠隔からの攻撃を試みた。
それが列車の切符を用いた鬼血術である。
切符であれば乗車する人間全員が利用する。それは鬼殺隊とて変わらない。
切符の印字には魘夢の血が混じっており、それを人間である車掌が切って鋏痕(きょうこん)を付けることで術が発動する。
切られた切符の持ち主は深い眠りにつき、夢を見るのだ。
魘夢だけが見せることのできる、自由な夢を。
「精神の核を破壊すればいいんだよ。そうすれば生きる屍(しかばね)だ。殺すのも簡単」
夢とは即ち、本人の精神世界。
そこに入り込み自由にできれば、相手が柱であろうと掌握したも同然。
そうして数多くの剣士を葬ってきたのだ。
「人間の心なんて皆同じ。ガラス細工みたいに脆くて弱いんだから」