第8章 むすんで ひらいて✔
「じゃあ杏寿郎のそれ、見せて貰っていい? 私、桜餅って初めてだから」
「これか? 彩千代少女も食べるか!」
「私は鬼だから食べられないよ」
困った顔で笑いながらも、その目はもの珍しげに貰った桜餅を見つめていた。
桜餅など何処にでも売ってある甘味の一つだ。
それを初めてだと言うのであれば、彩千代の家庭はあまり裕福な方ではなかったのかもしれない。
「でも匂いとかはわかるんだよね。…甘くて、優しい匂いがする」
口元に近付けて、くんと匂いを嗅ぐ。
目を瞑り味わう代わりに匂いを感じる様は、俺の知っている鬼とは似ても似つかない姿をしていた。
俺の知っている鬼は、人の血肉には涎を垂らすが人の食い物には嫌悪を示す。
そうではない彩千代の姿に興味が湧いたのは俺だけではなかったようだ。
「その桜餅ね、私の大好きなかさぎ屋さんの桜餅なの! とっても美味しいって評判なのよっ」
「へえ。甘いもの好きな蜜璃ちゃんが言うなら本当に美味しいんだろうな」
「そうなの! もうほっぺも落ちる程の美味しさで…!」
「ふぅん」
「折角だし蛍ちゃんも一口どうかしらっ?」
「え?」
予想外の甘露寺の提案に、彩千代だけでなく皆の視線が集中する。
「匂いを感じられるなら、きっと味覚も感じられると思うの。鬼の感覚がどうなのかはわからないけど…食べず嫌いみたいなもので、意外と挑戦したらいけるかもしれないじゃないっ?」
「…そう言えばそんなこと考えたこともなかった…料理を前にしても、お腹は空かないから」
「成程、甘露寺の言うことは確かに一理ある。人を喰わずに生きている鬼なら、他のもので代用できるかもしれない」
「もしそうなれば彩千代少女はより人間へと近付くことになるな…!」
煉獄の言葉が決め手だったんだろう。
最初こそ珍しげに桜餅を見ていた彩千代の目が、いつの間にか真剣味を帯びていた。