第33章 うつつ夢列車
「あの…私達はどうすれば…」
そこへ左手の背後から、恐る恐ると声がする。
きょろりと斑模様のように張り付いた目を回して、左手は振り返るような動作を見せた。
其処にいたのは、待機するように座り込んでいる四人の男女。
外見からして誰もがまだ若く、未成年のように見えた。
彼らもまた左手に畏怖する目は向けても、動揺はしていない。
目の前で車掌が眠らされたというのに。
「もう少ししたら眠りが深くなる。それまで此処で待ってて」
それもそのはず。
彼らは左手の正体を知っていたからだ。
「鬼狩り」と鬼殺隊を呼ぶ存在は、この世に一つ。
狩られる側である〝鬼〟だけだ。
「勘の良い鬼狩りは殺気や鬼の気配で目を覚ます時がある。近付いて縄を繋ぐ時も、体に触らないよう気を付けること」
左手の正体──それこそがこの無限列車に巣食う鬼。
何十人もの人間や鬼殺隊士を喰らってきた鬼だった。
「俺は暫く先頭車両から動けない。準備が整うまで頑張ってね」
淡々と指示を出す左手は、ねとりと優しく甘い蜜を垂らす。
「幸せな夢を見る為に」
彼らが懇願して止まない、〝夢〟という甘い蜜を。
「「「「はい」」」」
人間でありながら鬼に手を貸す。
従順なる使い捨てになる駒達。
それらを前にして、左手はにんまりと口角を上げ笑った。
ガタタン、ゴトトンと車輪が呻る。
不気味な程静かな列車内と相反して、凄まじい風が舞う列車外部。
先頭車両となるその上部に、鬼は立っていた。
「夢を見ながら死ねるなんて幸せだよね」
毛先が濃い躑躅色(つつじいろ)に染まる肩までの黒髪をはたはたと靡かせながらも、重心は1㎜もずれていない。
礼儀正しく背中で両手を組んだまま、鬼は一人静かに佇んでいる。
その口元には優しい笑みを浮かべて。
車掌とは異なる白い肌に、青みを帯びた瞳。
その左目には【下壱】の文字が浮かんでいる。
鬼の名は魘夢(えんむ)。
十二鬼月の中で更に下弦の壱の肩書きを持つ。下弦序列の中で一番上の位に当たる鬼だった。