第33章 うつつ夢列車
ギザギザの荒い刃が鬼の腹を狙う。
あばらの浮いた異様に長いその脇から、突如弾き出されるように飛び出したのは新たな第三の手だった。
「うぉッ!?」
咄嗟に刀で受けるも、まるで鋼のように鬼の腕は硬い。
火花を散らし、ギャギャギャと金属製の耳鳴りのような音を立てながら刃と腕が弾かれる。
一瞬勢いを失くした伊之助の体が、鬼の手前で失速する。
飛び出した反動で宙に浮いた体は無防備な状態だ。
そこに更に鬼の新たな上が飛び出さんと、ぼこりと今度は背の皮膚が盛り上がった。
「ッ──!?」
一瞬だった。
瞬きも間に合わない速度で、伊之助の体を鬼の目の前から掻っ攫ったのは杏寿郎だ。
新たに背中から伸びた鬼の手は宙を掴み、間一髪伊之助はその爪から逃れることができた。
壁際の座席の上で伊之助の体を落とすように解放すると、反転した杏寿郎は速度も落とさず今度は鬼に向かって床を蹴り上げた。
「ぅあ…!?」
ぼこぼこと体から飛び出す無数の鬼の手を掻い潜り、杏寿郎が駆け抜け様に抱き上げたのは恐怖で縮み上がっていた乗客。
失速することなく鬼の腹の下を掻い潜り、再び車両扉の前まで引き戻る。
「蛍」
己の足は身一つで容易く止めることができるが、素人の乗客はそうはいかない。
片足を踏ん張り車両扉の前で急ブレーキをかけると、ふっと浮いた乗客の男を解放した。
待ち構えていた蛍の腕に預けるようにして。
「大丈夫ですか」
「へ…ぁ…はい」
「車両の奥は安全だ。行くといい」
「私達はあちらから来たので、この先にあんな生き物はいません。他の乗客の皆さんも同じ所にいます」
「っ…は、はい」
背中に添えられた蛍の掌から伝わる温もり。
着物越しでは体温まで伝わらずとも、人の肌に触れられたことにほっと男は大きく息を吐いた。
覚束ない足取りで、杏寿郎達が来た車両へと逃げていく。
その体を支えるようにして足を進ませる蛍を目の端で見守りながらも、杏寿郎の視線は常に鬼へと向いていた。
「これで問題ないな」