第33章 うつつ夢列車
杏寿郎が察知した二匹目の鬼は、車両を三つ越えた所にいた。
慌てふためく乗客達が逃げ出した場所。
その車両の天井に、鬼は蜘蛛のように張り付いていた。
濁った汚水のような肌に、無数の黄ばんだ目。
手足は人間と同じ二本ずつだが、異様に長い四肢は車両の壁に張り付き、体を宙へと持ち上げていた。
「は…ぁ、ぁあ…」
逃げ遅れた乗客の男が一人、鬼を挟んで駆け付けた杏寿郎達と正反対の座席の隅で縮まっている。
恐怖で上手く動かせない体は遠目に見ても大きく震え、誘われるように鬼の鋭い爪が襲い掛かった。
「ひぃい!?!!」
間一髪逃れられたのは、鬼の手が男を捕まえる為に伸びたものではなかったからだ。
男のすぐ脇の座席の背に手をかけ、伸ばした頸が蛇のように反り返り男を見下ろす。
「師範っ人命救助が先です!」
「無論。その人に手を出すことは許さん!」
ぎょろぎょろと上下左右動き回る無数の鬼の目が、杏寿郎の一喝にて止まった。
「聞こえなかったのか。お前の相手はこっちだと言っている」
ぐぐ、と伸びた頸を曲げて、杏寿郎を反り返り見る。
その人ならざる姿に、一番後ろで座席に隠れながら善逸は震えあがった。
「何ですかアレ…っ長い! 手、長いんですけど…!?」
「よっしゃァ! 先手必勝!」
「待て伊之助! 逃げ遅れた人がいるんだぞ!」
「ぶっ倒しゃあ問題ねェ!!」
怯える善逸とは裏腹に、真っ先に飛び出したのは伊之助だった。
伊之助の二本の刃は、ノコギリのようにギザギザに削れている。
刀鍛冶がそのような刀を作ったのではなく、伊之助自身の手で荒々しく削られたものだ。
刃こぼれした状態では斬れ味を落とすものの、伊之助の呼吸技には何より馴染む刀だった。
人命救助が先だと告げた蛍の言葉を、炭治郎だけがしかと拾い上げていた。
しかし言葉だけで止まる伊之助ではない。
頭を抱えて蹲る男は、恐怖でその場から一歩も動けずにいる。
それにも構わず突進する伊之助の目は、敵である鬼だけを捉えていた。
(横っ腹がガラ空きだァ!)
狙いを定めたのは、無防備に晒されている脇腹だ。