第33章 うつつ夢列車
こんなにも善逸や伊之助や杏寿郎までもが声を張り上げているというのに、誰一人としてこちらを向いていない。
そもそも目が合わないのだ。
それもそのはず。
乗客の誰もが瞼を下ろし、眠りに誘われるように微動だにしていなかった。
(寝てる?)
時間帯は夜。
一定の揺れを起こす列車の中は、確かに眠気を誘うもの。
それでも、杏寿郎と初めて乗車したあさかぜ号の最後尾の車内とは違う。
あんなにも遅い時間帯ではなかったし、あんなにも静かな空間でもなかったはずだ。
「切符…拝見、致します…」
疑問に答えを蛍が見出だせないでいると、カラララと隣車両へ続く引き戸が開いた。
姿を現したのは、深く帽子を被った車掌。
ぼそぼそと小さな声で呟くように告げる言葉は、蛍の耳にも届いた。
「拝見?…なんですか?」
「車掌さんが切符を確認して切り込みを入れてくれるんだ」
伊之助と並んで列車に詳しくはない炭治郎が頸を傾げれば、変わらず前を見据えたまま杏寿郎が説明をする。
眠りに入っている乗客は後回しとなるのか、とぼとぼと静かな足取りで車掌は真っ先に杏寿郎達へと歩み寄った。
近くで見れば青白い肌にこけた頬、澱んだ暗い瞳をしている。車掌のその姿に蛍は一人眉を潜めた。
偶にそういう一般人を見かけることもあるが、健常者でこんなにも生気の薄い人間を見たことがあっただろうか。
「拝見、致します…」
「うむ!」
切符を差し出す杏寿郎に、駅のホームで駅員が切り込みを入れるものと同じ、改札鋏(かいさつばさみ)で車掌がパチンと切り込みを入れる。
それに習うように炭治郎や、興味津々な伊之助も続く。
「善逸、ほら。切符。一緒に出そうね」
「うぅうう…はいぃ…」
未だに蹲りぐすぐすと泣いている善逸の背中を擦りながら、蛍が優しく促せば並んで切符を切られた。