第33章 うつつ夢列車
「しかし猪少年、楽しむのは良いが危険だぞ! この列車はいつ鬼が出てくるかわからないんだ!」
「え?」
そんな和やかな空気を変えたのは、何気なく発した杏寿郎の一言だった。
聞き零さなかったのは、やはり鋭い聴覚を持つ善逸。
ぴたりと動きを止めたその顔は、すぐさま青くなる。
「嘘でしょ…っ鬼出るんですかこの汽車…!」
「出る!!」
「出んのかいッ!」
決死の問いも秒で答えられて、伊之助を止めることも忘れて善逸は狼狽えた。
「嫌ァー! 鬼の所に移動してるんじゃなくて此処に出るの!? 嫌ァー!! 俺降りる!!」
鬼が出る列車などという話は聞いていない。
てっきり炎柱である杏寿郎に会う為に乗り込んだと思っていたのだ。
ただでさえ小心者の善逸には涙が出る程の衝撃だった。
「短期間のうちに、この汽車で四十人以上の人が行方不明となっている。数名の剣士を送り込んだが全員消息を絶った。だから柱である俺が来た!」
目線は善逸と合わない。
誰をも見ずに宙に笑顔を向けたままはきはきと告げる杏寿郎の説明に、善逸は一瞬涙を吞み込んだ。
「はァ~~~~~!!?! 成程ね!! 降ります!!!」
かと思えば、滝のようにどぱりと両目から涙を溢れさせる。
だがどんなに降りると叫んでも、列車は既に走り出している。
次の駅に辿り着くまで止まることはない。
「ぜ…善逸…そうだよね。何も知らずに鬼が出る列車なんて聞いたら吃驚するよね」
「降りるぅうう俺降りるぅうう!」
(あ。駄目だ。全然聞いてない)
その場に崩れ落ちる善逸に、目線を合わせて蛍も腰を屈める。
どうにかそのショックが緩和すればと声をかけるも、めそめそと鳴き続ける善逸には届いていない。
(というかこんなに騒いでいたら、いい加減怒られるかも──)
騒げば目立つ。目立てば隠してある刀まで見つかってしまうかもしれない。
そうなれば立ち回りも面倒だ。
列車が移動の為のものなら方法は幾つでもあるが、この列車自体が目的地。
善逸とは反対に、降りる訳にはいかないと蛍は辺りを探るように見渡した。
(…あれ?)
その表情が不意に止まる。