第33章 うつつ夢列車
「それに蛍の幸せを願ってくれるのは俺自身も喜ばしいことだ。ありがとう、黄色い少年」
不意にその威勢の良い声が止んだかと思えば、杏寿郎の凛々しい太眉が下がる。
強い双眸は影を潜め、蛍を見つめていた時とは違う穏やかな眼差しに、善逸はくすぐったそうに頸を竦めた。
「無論、竈門少年と猪頭少年にも礼を言う! ありがとう!」
「ぃ、いえ。そんな大層なことは…」
「というかなんだイノガシラショウネンってのは! オレには嘴平伊之助っつー名前があるんだよ!」
「それをお前が言うのかよ…まともに人の名前覚えない癖に」
びしりと己を指差し告げる伊之助の頭は、どこからどう見ても立派な猪の被り物。
呆れたように力なく突っ込む善逸の隣で、蛍がくすりと笑う。
「でも毎回思うけど、そんな被り物をしていて日常生活ができることが凄いよね。視界も狭くなるし、息だってし辛いかもしれないのに。流石親分というか」
馬鹿にした笑いではない。
素直に感心して頷く蛍には、鼻息荒くしていた伊之助も得意げに胸を張った。
「そうだろそうだろ! 流石第一子分だ、オレ様のことをよくわかっていやがる!」
「いやぁそれ程でも」
「見ろ! 身のこなしだって朝飯前に──ってうぉおおぉおお!?!!!」
「ちょっおま…! 何してんだ危ないだろ!!」
調子に乗るままに軽い身のこなしで列車の窓を開けた伊之助は、途端に舞い込む強風に目を奪われた。
子供のように顔を外に突き出し、目で追えない速さで通り過ぎていく夜景に興奮を覚える。
「すげぇすげぇ速ぇえ!」
「危ないって馬鹿この…!」
「伊之助…!」
「オレ外に出て走るから! どっちが速いか競争する!!」
「馬鹿にも程があるだろ!!」
「落ちっ…る、よ」
勢いで外に飛び出さんばかりの伊之助を、羽交い絞めに止めたのは一番近くにいた善逸だ。
そこへ加勢しようとして一歩踏み出した蛍は、善逸の雄叫びに途端に無言で俯いた。
「ふむ。いつぞやの蛍のようだな!」
「「え?」」
(それは言わないで下さい…!)
俯く頭から覗く耳は、じんわりと赤い。