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いろはに鬼と ちりぬるを【鬼滅の刃】

第33章 うつつ夢列車



 思わず口を噤んで、善逸は耳を疑った。
 言葉通りに、本当にこれは鬼の心音かと疑ったのだ。

 鬼の心音は人間とは違う。
 詳細に聴き取れる善逸だからこそ聴き分けられる音だった。
 禰豆子と蛍の心音も、初めて聴いた時は秒で見破った程だ。

 それでも今耳にしている"音" は、聴いたことがない音だと感じた。
 鬼でありながら、こうも人に寄り添うような心音を持つ者は知らない。

 禰豆子もまた特殊ではあったが、禰豆子自身の意識が微睡みの中にある為に、その音は掴み切れないことも多い。
 だからこそ蛍のこうも鮮明で鮮やかな音には耳を疑ったのだ。


「……うん」


 そしてそんな心を与えたのは誰なのか。
 奏でる音全てで、蛍が心を向けている相手は容易に掴み取れた。

 善逸の目線が、唯一静かに沈黙を守っている守杏寿郎へと向く。
 腕組みをして座席に座る姿は先程と何も変わってはいない。
 ただその炎のような双眸が、穏やかに見つめていたのは蛍だけだ。


(一緒、なんだよなぁ)


 杏寿郎の心音は強い音だった。
 けれどもどんなに強い人にだって、苦しいことや悲しいことはある。
 その傷付いた心を叩いて叩いて立ち上がる。
 そんな強さを音に秘めていた。

 唯一無二の音だ。
 蛍とも当然、全く違う音をしている。

 なのに何故か二人の心音だけが、自然と交じり合うような音色に聴こえた。

 傍には炭治郎や伊之助の音もあるはずなのに。
 ただ二人だけが、音色の余韻を解かすようにして交じり合わせることができた。


「…そっか」


 善逸だからこそ、それはどんな言葉や態度よりも説得力のあるものだった。
 二人だからこそ繋げられた音だ。
 そこには耳でしか拾えない絆が確かにある。


「ごめん、蛍ちゃん。急に叫んだりして」

「え? ううん。吃驚はしたけど、嫌な気はしてないよ」

「っ煉獄さんも、ごめんなさい。分不相応なこと言いましたッ」

「そうか! 腹から出ていた良い声だったぞ!」


 がばりと頭を下げる善逸に、蛍は頸を横に振り、杏寿郎は快活に笑う。

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