第33章 うつつ夢列車
蛍の体から流れ出る"音"は、あたたかい音色で満ち溢れていた。
幸せなのだと告げたその言葉に嘘などないように。
世界中でただ一人。
それだけで幸せだと告げる蛍の足場の狭さを実感して、善逸は開きかけた唇をぎゅっと噛み締めた。
己の立場を目を逸らすことなく見つめ立っているのは、他ならぬ蛍だ。
その蛍が幸せだと告げたのだ。
誰が否定などできようか。
否定などさせるものかと。
「俺は蛍ちゃんの──」
「オイ待て黙って聞いてりゃなんだァ!? なんでお前の世界に炎柱と紋逸しかいねぇんだよ!」
「え?」
「オレだってお前の親分なんだぞ。子分の幸せくらい願ってやるわ!」
「伊之助が?」
「親分だからな!」
「っ急にしゃしゃり出てくんなよお前はっそれに善逸だって何度言ったらわかるんだっての!」
繋いだ手を強く握り返して、思いの丈を口にしようとした。
善逸のその出鼻をくじいたのは、どしんと行儀悪く座席に片足を乗せた伊之助だ。
「そっそれなら俺だって…! 禰豆子の幸せは勿論、蛍にだって幸せになって欲しいと思ってる!」
そこに感化されたように炭治郎も声を上げる。
折角蛍直々に世界にいる二人のうちの一人だと感謝されたというのに。
これでは感動が薄れるだろうが入ってくるなと、無言で善逸はぎりぎりと歯軋りをしながら二人を睨み付けた。
「そっかぁ…二人もそんなふうに思ってくれていたんだね。ありがとう」
般若のような顔で威嚇していた善逸の隣で、ぽやんと柔い空気が舞う。
木箱の禰豆子を愛でていた時のように、にへらと緩んだ笑顔を浮かべるは蛍。
「これならたくさん長生きできそう」
鬼に寿命はない。
望めば何十年とは言わず何百年、何千年だって生きていける。
悪鬼の根源、鬼舞辻無惨こそ千年も前から生きている鬼なのだ。
それでも柔い空気で喜ぶ蛍に、その重みは感じられない。
鬼としての道ではなく、人としての道を歩むように。