第33章 うつつ夢列車
盲目的に女好きな一面もあるが、善逸が心から禰豆子の幸せを願っていることは知っていた。
でなければ、あんなにも献身的に禰豆子の傍で尽くせるはずがない。
鬼である禰豆子は一般女子よりも意思疎通ができない。そんな未来も見えない娘の為とあらば、見返りの欲は無駄なものとなる。
それでも善逸は禰豆子を全力で慕っていた。
それだけ善逸の心がまっさらなのだ。
どんなに聴力により人の感情を聴き分けることができても、女性の為とあらば真っ直ぐに信じきることができる。
それが善逸の弱点でもあり、そして他人にはない長所だった。
「善逸…」
ようやく絞り出すように漏らした名は、俯く善逸の耳に届いた。
蛍の胸の内から溢れるような音と共に。
「ありがとう、善逸」
「ほ、蛍ちゃん?」
そっと掬うように、両手で善逸の手を握りしめる。
じんわりと顔を赤くして善逸が戸惑ったのは、触れ合う体温もそうだが耳に届く心音がそうだ。
感謝してもしきれない。
泣きたくなるような切実さを纏わせて、蛍の心は感謝を鳴らしていた。
「世界中に一人、善逸みたいな人がいてくれるんだって知れただけで。私は凄く幸せ者なんだと思う」
「…蛍ちゃん…」
「私は十分、幸せなんだよ。鬼であることも含めて、愛してくれる人がいる。師範と、善逸がいてくれる」
おずおずと上がる善逸と視線が合うことで、尚一層嬉しそうに顔を綻ばせて。
「それだけで、この先何十年だって胸を張って生きていける」
それが幸せでならないと、蛍は言った。
「今の、ありのままの私で」