第33章 うつつ夢列車
「…何ひそひそ笑ってやがんだキモチワルイ…」
「だって嬉しくって。そっかぁ、禰豆子が。んふふふ」
堪らず顔が緩む。
蛍のへらへらとした笑顔に伊之助が鳥肌を立てようとも、どこ吹く風。
善逸同様、すっかり禰豆子に魅了されてしまった。
「禰豆子は可愛いなぁ」
木箱の天井を、小さな子供を愛でるようによしよしと撫でる。
「何してんだお前…そいつはただの箱だろ…頭おかしくなったのか?」
「失礼な言い草すんな伊之助! 蛍ちゃんは禰豆子ちゃんを可愛がってるだけだろどう見ても!」
「ハ…? あれはただの箱ダロ…お前も頭おかしいんじゃねぇのか」
ぞぞぞ、と鳥肌を立てて呟く伊之助の意見は一理ある。
あれは木箱であって禰豆子ではない。
だが蛍の姿勢こそ大いにわかる善逸だからこそ、先程までの関係が真逆のように伊之助に喰ってかかった。
禰豆子が触れたものならば、衣服もリボンも木箱だってなんだって愛らしいのだ。
善逸にとっては蛍の反応こそ正常そのもの。
「ふむ。蛍は随分とその竈門妹が気に入っているようだな」
「うん。だって可愛くって。私に妹はいないけど、いたらぜひ禰豆子みたいな子がいいなぁ。可愛い」
口を開けば可愛いと歌うように笑う。
千寿郎を全力で愛でたがる兄の心を持つからこそ、杏寿郎にも蛍の思いは理解できた。
しかし千寿郎は千寿郎、禰豆子は禰豆子だ。
腕組みをしたまま、炭治郎に向けていた時と変わらない笑顔のままに杏寿郎はじっと蛍の愛でる木箱を見つめた。
「成程。確かに愛いと感じる気持ちはわかる」
「でしょ?」
「れ、煉獄さん?」
不意に頷く杏寿郎に、驚いたのは炭治郎だ。
我が妹のことは何処に出しても恥ずかしくはない、美人で気配りのできるしっかりものの娘だとは思っている。
ただそれを雲の上のような存在である柱の杏寿郎にありありと受け止められるのは、少しばかり恥ずかしい思いもあった。