第33章 うつつ夢列車
しかし物音は一度きりで、それ以上の動きはない。
蛍はぴたりと木箱に耳を当てると首を傾げた。
「あれ…でも中から寝息が聞こえる…」
「なんだァ? ただの気の所為じゃねぇのか」
「でも確かに中から引っ掻くような音が聞こえたんだけどな…」
「禰豆子は鬼になってから、童心に返ったような仕草も多くなったから。多分、寝惚けていたんだと思う」
「そうなの?」
鬼である蛍にとって睡眠は余り必要のないものだ。
それでも微睡む心地良さは知っているが、寝惚ける禰豆子の仕草となると妙に人間味を帯びていて感心してしまった。
やはり鬼の中でも禰豆子は特異なところが多い気がする。
「さっきまで起きていたから、眠いと思うし」
「そうなんだ…残念。起きてる禰豆子に会えると思ったんだけどなぁ」
「そのうち禰豆子もきっと起きるさ。蛍に会いたがっていたのは同じだから」
「え?」
「蝶屋敷を出る前に話したんだ。今から煉獄さんに会いに行くから、蛍もきっと一緒にいるだろうって。そしたら禰豆子、すごく嬉しがってて」
「え…私のこと、名前でわかるの?」
「蛍のことは人一倍憶えてる気がするんだよなぁ。豆まきの行事でお館様に呼ばれた時も、一直線に蛍に会いに行ってただろう?」
「それは…うん…」
「移動中は起きてる気配はしてたんだけど、きっと此処に来るまでに眠気が勝ってしまったんだろうな」
「……」
「蛍が傍にいたら、そのうち起きるよ」
にこにこと笑顔で告げる炭治郎に対し、蛍は言葉を失ったようにその顔をぽかんと見つめた。
かと思えば、音沙汰のない木箱を見返す。
「禰豆子が…」
見た目や仕草にも愛らしいところがある禰豆子だが、何より同じ鬼という存在として蛍にとって特別な存在だった。
そんな禰豆子が、飢餓を抑える為に欠かせない睡眠を削ってまで会おうとしてくれていたなど。
「…へへ」
何も感じない方が無理な話だ。