第33章 うつつ夢列車
「それで胡蝶は何故君を俺の所に?」
「ヒノカミ神楽(かぐら)、というものについて…」
「ヒノカミ神楽」
「はい。…あの、」
「なんだ。言ってみろ」
「俺の父のことですが」
「君の父がどうした」
「病弱だったんですけど」
「病弱か」
「それでも肺が凍るような雪の中で神楽を踊れて」
「それはよかった!」
(…わぁ…目線の合わない会話だなぁ…)
互いに進路方向に向いた座席に座っているのだから仕方がない。
それでも腕組みをして真っ直ぐに前を向いている杏寿郎の強い双眸は蛍の視線と重なっているし、同じく真っ直ぐに姿勢を正して前を向いている炭治郎の目は蛍の隣に置いてある禰豆子の木箱を見ている。
黙って二人の会話を耳にしながら、蛍は思わず内心呟いた。
全く目線を合わせずに、ただ言葉だけははきはきと会話のキャッチボールを交わしている。
あまりに杏寿郎の闊達な相槌を貰うからか、炭治郎の声も影響されるように大きく変わっていった。
「っ…その!」
「なんだ!」
意を決したようにぐんと顔を上げて、炭治郎が一瞬言葉を呑み込む。
「ヒノカミ神楽、演舞! 下弦の伍の鬼を倒した時、咄嗟に出たのが子供の頃に見た神楽でした」
炭治郎は水の呼吸の使い手である。
その腕前では歯が立たず、累という強敵を前にした時に窮地に追いやられた。
絶体絶命の中、がむしゃらに振るった刀が生み出したのが昔見た父の演舞。ヒノカミ神楽だった。
まるで炎のような幻影を纏い、その一撃は累の頸を斬り落としたのだ。
『成程。何故か竈門君のお父さんは火の呼吸を使っていた。火の呼吸の使い手に訊けば何かわかるかもしれない、と。ふむふむ』
『そうです!』
『そうですね。"火の呼吸"はありませんが"炎の呼吸"ならあります」
「? 同じではないんですか?」
「私も仔細(しさい)はわからなくて…ごめんなさいね。ただその辺り、呼び名についてが厳しいのですよ』
炭治郎自身も不明なこと。
呼吸に詳しいであろう柱に訊けば何かわかるかもしれないと、蝶屋敷での訓練中にしのぶへ助言を求めた。
その返答の中で聞いたのが、炎柱である煉獄杏寿郎の名だったのだ。