第33章 うつつ夢列車
「…お前がオレの子分になるのか?」
「うん」
「それがお前のオネガイか」
「うん」
「子分になると嬉しいのか」
「そうだね。禰豆子の代わりなら」
「アイツと同じ鬼だからだな? 鬼子分一号になりたいってことか!」
「ええと…うーん…まぁ、そんな感じかな」
一つ一つ問う度に、伊之助の語尾が明るくなっていく。
曖昧にでも最後に蛍が笑顔で頷けば、猪の頭部でわからないはずの顔がぱっと華やいだ。
「ワッハハハ!! そこまで子分になりたいなら仕方ねェ!! オレ様直々に子分一号に命じてやるよ!!」
右足を前に出し、左手を捻り頭に翳し、右手を突き出す。
なんとも奇妙な決めポーズのようなものを取りながら、伊之助は高笑いをした。
先程の悪態が嘘のように、すっかりご満悦のようだ。
「あ、歌舞伎の見得みたいだねそれ。恰好良い」
「ハハハハ! そうだろそうだろ!! ミエってなんだ!!」
「ここぞという時に取る決め手の構えかな。よっ伊之助親分っ」
ぱちぱちと小さく拍手をしながら、大向こうのように呼び掛ける。
列車の中ともあって蛍のそれは大きなものではなかったが、伊之助の気分を上げるには十分だった。
仰け反るように胸を張り笑う伊之助に、周りの空気は瞬く間に吞まれた。
「──ふぅ」
その中で唯一、自分のペースを守り食事を続けていた手が止まる。
綺麗に空となった弁当箱の蓋を閉じて座席に置くと、両手を合わせて一呼吸。
「ご馳走様でした!!!!!」
「ひゃぃッ!?」
「っ!?」
「ぅおッ!?」
伊之助の高笑いも掻き消す声はまるで風圧の如く。
つんのめり体制を崩す炭治郎達の中で、一人蛍は慣れた様子で声の主に笑いかけた。
「お粗末様でした。あ、もう全部食べ終えてる」
「大変に美味かったからな! 腹も丁度いい具合に膨れた!」
一息に茶を飲み干すと、カンッと小気味良い音を立てて空の弁当箱の上に置く。
その空の箱も、座席一人分が埋まる程に何十個も層になり積み重ねられている。
大人何十人もの量を一人で食した杏寿郎は満足そうに告げると、ぴしりと合わせた箸も添えるように弁当箱へと置いた。