第33章 うつつ夢列車
「蛍ちゃんからも言ってやりなよ。コイツ、蛍ちゃんの話題が出る度に親分子分って煩いんだよな」
「ふぅん…伊之助、子分になるの嫌なんだ?」
「ッたり前だろ!」
「親分がいいの?」
「当然ッ!!」
「じゃあいいよ」
「オレは認めね…ア?」
「私は上に居座るような柄じゃないし。いいよ、伊之助の子分でも」
きょとんと瞬いていた瞳が、にっこりと笑う。
意表を突かれたように固まる伊之助に、やれやれと渋い顔をしていた善逸も、言葉を挟む機会を見失っていた炭治郎も、目を丸くした。
「ほ、蛍ちゃん?」
「いいのか? 蛍」
「うん。ただし条件が一つ」
「な、なんだよ」
「私を禰豆子の代わりにしてくれるなら、子分でもいいよ」
蛍が本来大親分の座を勝ち取ったのは、禰豆子を子分と称して扱う伊之助に物申したかったからだ。
どのような命を下しているのかわからないが、禰豆子は己の意思も朧気な少女。
そんな少女を鼻で使うのは、同じ鬼として見過ごせないところがあった。
その禰豆子を守る為に持ち上げた案が大親分としての立場なだけであって、逆を言えばその目的さえ果たせられれば立場にこだわりはない。
「私が禰豆子の分まで伊之助の子分を務めるから、禰豆子にはあれこれ命じないで欲しいなと」
「ンなことなんでお前に決め付けられなきゃ」
「お願いならいいと思うけど」
「ならね……ア?」
更に一歩遅れて、伊之助の口から拍子抜けの音が漏れ落ちる。
「命令じゃなくてお願いするなら、禰豆子もきっと聞いてくれるだろうし。そっちの方が気持ちいいと思うな」
「お願いだぁ? 命令とどう違うってんだよ」
「私のこれも、お願いだよ。伊之助」
「…オネガイ」
「そう。私に禰豆子の分まで子分の役目を果たさせて欲しいっていう、お願い」
「……」
「聞いてもらえたら、私も嬉しいんだけど」
両手を合わせて、少し頸を傾げて笑う。
蛍のそれは確かに成程、我を押し付けられている訳ではない為に聞いていて嫌な気はしない。
本来なら反射的に反発してしまうところ、伊之助は猪頭の硝子のような瞳を通して蛍の姿をじっと見つめた。