第33章 うつつ夢列車
杏寿郎のことを槇寿郎だと間違い目を向ける者達は、誰しも感謝の思いに満ちていた。
再会を喜び、その日のことを語り、礼を尽くして尽くしきれないと。
槇寿郎はどちらかと言えば寡黙な人間だ。
瑠火が亡くなってから拍車はかかったが、元々自身のことを赤裸々に語るような者ではなかった。
だからこそ他人を通じて父を知れることが嬉しかった。
それだけの命を救ってきたのだと、自分のことのように誇ることができた。
間違われる度に自分もそんな憧れた父に近付いているのだろうかと、人知れず高揚もした。
「今までにも父上に間違われたことは幾度とある。同じ羽織を着ているし、見目も似ていることだろう。だがトミ殿のように涙ながらに感謝されたのは初めてだった」
それだけトミの人生において重きのある出来事だったのだと、あの時も人知れず胸を熱くした。
それだけのことを成した父は、やはり凄い剣士だったのだと。
「それだけトミさんの心に残ることをしたんだろうね。槇寿郎さんは」
「うむ」
そんな杏寿郎の思いを丁寧に拾うような蛍の応えに、笑みも深くなる。
「蛍も知っているだろうが、父上は己のことをあまり語る人ではないからな。だからこそ誇り高い志を持っていた父上を知れたことが、嬉しかったんだ」
蛍に習うように、杏寿郎の視線が窓の外へと移る。
その目は穏やかでありながら、嬉しいと告げる通りに生き生きと輝いているようにも見えた。
トミを見ながら、其処にはいないはずの父の姿を見るかのように。