第33章 うつつ夢列車
カワセミの羽根のように深く鮮やかな翠色(すいしょく)の座席。
窓枠や肘掛け、棚の縁まで木々で作られた温かみのある内装。
特別立派な造りをしている訳でもない。
整備士達により丁寧に磨き上げられてはいるが、ごく普通の列車だ。
人気のあまり多くはない席を選んで、杏寿郎はやがて足を止めた。
「こちら側なら陽光も届くまい。蛍は奥へ」
「うん」
陽の当たらない方角の窓際へと進める杏寿郎に、蛍も座席に腰を下ろす。
辺りを見渡せば、棚に荷物を置いたり、座席を見回ったり。列車の発つ時間を今か今かと待つ人々が伺える。
そこに鬼の気配らしきものは感じられなかった。
「……」
「どうした?」
蛍の目は辺りを伺いふと窓際向くと、ホームに立つ弁当屋の二人で止まる。
やがてその視線は興味深く杏寿郎を見上げた。
「ううん。…少し、珍しいものを見たかなぁって」
「うん?」
「杏寿郎が、また会いましょうなんて。二人に言ったのが珍しくて」
「言ったか?…ああ、言ったな」
鬼殺隊は明日をも知れぬ身。
だからこそ杏寿郎も安易な覚悟で口約束などしてこなかった。
それも一般市民相手なら尚更のこと。
だから珍しいと思ったのだ。
純粋に疑問を蛍が持てば、向かいの席に座る杏寿郎の顔にはほんの少し苦い笑みが浮く。
「逸る心でつい出てしまったようだ。指摘されるようでは、まだまだな」
「そんなことないよ。それだけまた会いたくなったんでしょう? ふくさんとトミさんに」
「そうだな…その目に映る父の姿を、また感じたいと思ってしまった」
元炎柱であった槇寿郎は、その名に恥じない剣士として努めていた。
だからこそ杏寿郎が同じ鬼殺隊の剣士となり任務に就くようになると、稀に今回のようなことが起こることもあった。
身形が父にそっくりな自覚はある。
更に柱と成り同じ羽織を身に付ければ、益々トミのような者の目には止まるのだ。
過去に助けてくれた、あの剣士だと。