第33章 うつつ夢列車
例え実際に槇寿郎に報告したとしても、常に深く刻まれた眉間の皺が取れるとも思わない。
それでもよかった。
鬼殺隊としての父の姿を、他者の瞳を通じて知ることができたのだから。
「ではお元気で! また会いましょう」
「お身体に気を付けて」
頭を下げて去っていく杏寿郎と蛍の姿に、ふくも声を上げた。
「はいっお二人も!」
「…ご武運を」
周りの乗客のように、観光や帰省のような雰囲気は持ち得ていない。
杏寿郎の言う通り、どんな役割にも適人がいる。
ふく達程の愛嬌は持ち合わせていないと蛍は言っていたが、それこそこれから向かう二人の行く先は、二人にしか果たせない任が待っているのだろう。
刀を扱う仕事だ。
決して穏やかな内容ではないはず。
全てを知らずとも案ずるように、トミは祈りを込めて見送った。
「…"夢限"」
購入した切符に印字されている【東京 夢限】の字。
あさかぜ号の切符とは違う。
今度こそお館様である耀哉直々に命じられた列車へ乗り込むのだと、蛍は弁当の風呂敷と共に切符を目先に持ち上げた。
「どうした蛍、足を止めては列車は出てしまうぞ!」
「わっ」
その背をぐんと押すのは迷いのない杏寿郎の掌だ。
流れるように蛍の手から弁当の風呂敷包みを取ると、押すままに蛍と共に列車へと乗り込む。
「あっお弁当…!」
「これは俺の夕餉となるからな。俺が運ぼう!」
「ま、待って杏寿郎…っ」
緊張気味に乗り込む蛍とは異なり、さくさくと進む杏寿郎の表情も仕草もいつも通りだ。
無限列車には鬼が出る。
その緊張感も、いつもと変わらない杏寿郎の姿を前にすると、自然と体の強張りと共に抜けていった。
「席は自由なの?」
「ああ。一先ずは中央の車両へ行くとしよう」
あさかぜ号を始め、蛍にも今までに何度か列車に乗車する機会はあった。
無限列車の内装は普通の列車となんら変わらず。特に変わり映えのない狭い車内を縦に並んで進む。