第33章 うつつ夢列車
「そんな、そこまで気を遣って頂かなくても…っ」
「気を遣うなどと! 俺はその弁当が食べたいだけだ!」
「えぇっご自分で食べるんですかっ?」
「ああ、全部!」
「全部!?」
気持ちいい程にあっさりと言い切る杏寿郎に、ふくの目が更に剥く。
疑問を視線で訴えて蛍へと目を向ければ、苦笑混じりに返された。
「本当です。私よりも何十倍も大きな胃袋の持ち主ですから。時間帯的にも夕飯に丁度いいんじゃないかと」
「美味ければ尚入ってしまうな!」
「ふふ。だねぇ」
穏やかに相槌を打つ蛍がそう笑うのならば、驚きはするものの否定する理由はない。
ぽかんと口を開けたまま、ふくは引っ込みのつかない番重を握りしめた。
そうして何十もの弁当が再び風呂敷に包まれ、蛍の両手にぶら下がることとなった。
「蛍。俺が持とう」
「大丈夫です。これから無限列車だし、師範は任務優先で」
「…む…」
「夜にはまだ時間があるから、その前に食べられますよ」
「! そうか」
蛍の両手にはそれぞれ大きな風呂敷包みが一つずつ。
任務を優先と言われ残念そうにしていた杏寿郎だったが、その前に食せると知るとなると、ぱっと顔が華やぐ。
素直な子供のような喜び様には、ふくとトミもつい顔を見合わせて笑った。
「では、お気をつけて」
「近くに来たら、また寄ってください」
既に無限列車はこの駅から再運行となる為にホーム内に停車してある。
続々と人々が乗り込む中、杏寿郎と蛍もいつまでも足を止めてはいられない。
深々と頭を下げるトミと、笑顔を向けるふく。
そこに杏寿郎も穏やかな笑みを一つ返した。
「貴女方のことは父に必ず伝えます。喜ぶことでしょう」
今回二人の命を救ったのは杏寿郎と蛍だったが、遥か昔にトミとその娘の命を救ったのは槇寿郎だ。
彼の功績があるからこそ、今此処でトミとふくに出会うこともできたのだ。