第33章 うつつ夢列車
「よかったですね師範」
「うむ!」
「貴女様にもですよ」
「え。私にもですか?」
「勿論です」
頷くトミに、続いてふくが上等弁当を蛍に差し出す。
杏寿郎のものと同じ牛鍋弁当を差し出され、蛍はぱちりと目を瞬いた。
「今朝作ったばかりの出来立てですっぜひ食べてください!」
「ぁ…ありがとう、ございます」
そう熱く告げられれば、断るにも断れない。
そもそも自分が先日倒した悪鬼と同じ、鬼であることを二人は知らない。
人間のものは食べられない。などと今更野暮な話だ。
ぎこちなくも受け取れば、ぱっとふくの顔に明るさが増す。
「今日の煮卵はふくがいちから作ったんです。ぜひ味わって下さい」
「ぉ、おばあちゃんっ」
「ほう。それは楽しみだ! なぁ蛍」
「はい」
お礼となる弁当を勇んで自作してくれたなどと。いじらしい以外のなにものでもない。
嬉しそうに告げる杏寿郎に投げかけられて、蛍も大きく頷いた。
例え食べられなくても見た目や匂いで味わうことができる。
それは楽しみでならない。
「しかし礼と言っても貴女達の商売物。代金は払おう!」
「いえ、お気持ちだけで」
「そうか?」
続ける杏寿郎に、笑顔のままふくが頸を横に振る。
商売物と言ってもそこには感謝の心が込めてある。
それ以上しつこく言うこともなく、杏寿郎はすぐさま回る頭で切り替えた。
「ではこれは頂くとし、そこにある分を全部買おう!」
「えぇええ!?!!」
「そこにある分」と杏寿郎が視線で差した先は、ふくの番重だ。
反射的に素っ頓狂な驚きの声をふくが上げる。
それもそのはず。
ぎっしりと詰められた弁当は、杏寿郎と蛍に差し出した分を引いても二十八。合わせるときっちり三十個にもなるのだ。
つい先日も大量の弁当を買っていった杏寿郎。
更には今日も。となると弁当代と言っても馬鹿にはならない。
さらりとそんな大金を出せる懐と、心の広さに二人して目を丸くする。