第33章 うつつ夢列車
「だが蛍にも愛嬌はあるぞ! 親しみやすさもな! でなければ出会ったばかりの千寿郎があそこまで心を開くはずがない!」
「そ…そう?」
「千寿郎が懐くのも嬉しいが、できればその愛嬌はあまり振りまいて欲しくないとも思う! できれば他所の男の前では! 手前勝手だが!」
「ぇ、いや、うん。それは…その、そういうこと大声で言わないで欲しいです…」
「うん?」
「いえ。なんでも」
俯き加減にぽそぽそと小声で告げる蛍の耳が、じんわりと色付いている。
その意味を悟れるからこそトミは尚も穏やかに笑った。
「お二人はとても仲がよろしいのですねぇ」
「! いや、あの」
「仲がよろしく見えたのならそういうことでしょう!」
「師範っ?」
「ふふふ、とてもお似合いだと思いますよ。ねぇ、ふく?」
「えっ」
話を振られ、はっとしたふくが改めて二人を見やる。
快活に笑う杏寿郎の顔は先日もよく見ていたが、射貫くような特徴的な双眸が、蛍に向く時は穏やかな眼差しに変わる。
蛍も同様に、杏寿郎にしか見せない視線も仕草も持ち得ているのだ。
師弟であろうとトミの言う通りの関係なのだと、幼いふくにも理解できた。
「…うん。お似合いだと思う」
悔しいけれど、と滲む思いは内心にとどめて。本当にお似合いだと思ってしまうから、笑顔とはいかずとも苦笑して頷くことができた。
「ありがとう!」
「いえいえ。それはこちらの台詞です。それでお礼と言ってはなんですが…これをどうぞ」
そう言ってトミが差し出したのは、悪鬼が踏み潰し悪態をついたあの牛鍋弁当だった。
牛の絵柄のラベルが貼られた木箱弁当は、共に売っている並等弁当より上等なもの。二人の看板弁当だ。
「私らにはこんなものしかないのですが…」
「おお! 実は前回頂いた時に食べ損ねてな。これは何より嬉しい!」
嬉しそうに両手で受け取る杏寿郎の反応に、ふくも自然と笑顔を深める。