第33章 うつつ夢列車
人が行き交うホーム内。
足を止めてこちらを見ていたのは、首下げの番重に山ほど弁当を詰めた少女だった。
「やぁ、弁当屋さん!」
「こんにちは。今日もお仕事、お疲れ様です」
「ぃ、いえ…っこれくらいいつもしていることですから」
弁当売りの彼女を悪鬼の魔の手から救ったのは、つい先日の出来事だ。
記憶に新しい少女に杏寿郎と蛍が笑顔を返せば、丸眼鏡の奥の団栗眼が照れたように彷徨う。
「それにこの間のことも、なんとお礼を言っていいか…」
「お礼なんて。それが私達の仕事ですから。ふくさんがお弁当売りに精を出すことと同じですよ」
なんてことはない、と蛍が笑顔で弁当を指し示せば、少女──ふくの瞳が上がる。
それも束の間。またあたふたと弁当に視線を落とす様に、杏寿郎は笑みを張り付けたまま「うーーむ」と小さく呻った。
幼い団栗眼に映っているのは、色鮮やかな髪や瞳で主張する杏寿郎ではない。
その隣に立つ、黒尽くめに近い姿の蛍だ。
やはりこのいたいけで真っ直ぐな少女は、蛍に好意を寄せている。
老若男女問わず蛍が人に好かれることは嬉しい。
それでも心のどこかに取っ掛かりを感じてしまうのは、その好意が自分の抱くものと似通っているからだろうか。
(ッそうであっても相手は女児とも取れる少女! その相手に俺がこんな心持ちではいかんな!!)
疑問は抱いた瞬間に杏寿郎の内心で叩き落された。
幼い少女相手にそんなことでどうする、と。
言葉に成さずに大きく頷くと、ぽむちと蛍の肩に勢いをつけるように手を置いた。
「蛍の言う通りだ! これが我らの任であるように、弁当屋さんにも弁当屋さんの任がある! そのどれもはその者だからこそ成せることなのだろう!」
「うん。師範や私の風貌だったら、他所様に初見でお弁当なんて買ってもらえなさそうですしね」
「俺はまだしも、蛍はそうか?」
「それだけふくさんやトミさんの方が親しみやすさも愛嬌もあるってことです」
「ふむ。成程!」
「ぁ、愛嬌だなんて…」
「ふふふ。嬉しいことを言ってくれるんですねぇ」
頬を染めるふくの隣で、優しく笑う祖母のトミ。