第32章 夜もすがら 契りしことを 忘れずは
「家族になるって、こういうことを言うのかなぁ」
「どうだろうな。俺にも初めてのことだ」
生まれて、見つけて、育てていく。
名前も知らない感情は溢れるばかり。
「だからこそ蛍と繋いでいきたい」
「ふふ。じゃあ、末永くよろしくお願いします」
「俺の方こそ。一生分、お願いします」
「勿論。杏寿郎がお爺ちゃんになるまで、しっかり見守っておくね」
「はははっ蛍が言うと説得力のある言葉だな」
「だって私も一緒にお婆ちゃんになるんだから」
「うむ」
「しわしわの手をこうして繋いで、また一緒に星空を見るの」
「そうだな…やりたいことがまた一つ増えた」
「うん」
「っふ、」
「なぁに? 笑って」
「いや。蛍と共にいると、本当に些細なことにも欲が出るものだなと」
「杏寿郎が欲張りになってくれるの、嬉しいよ。それに私もだから。それって、きっと始まりだからだろうなぁって思う」
「始まり、か?」
「うん。望む未来は見えたけど、形にもしてもらったけど…それで終わりじゃない。ここから始まるものでしょ。杏寿郎と、私のお話」
「話」
「そう。御伽噺(おとぎばなし)とかはよく、男女が結ばれると"めでたし、めでたし"で終わるでしょ? 小さい頃、時々疑問に思ってたの。なんでその先には続かないのかなって」
「ふぅむ。面白いことを言う。物語的には、そこが言葉通り"めでたし"で終わる場面だからではないか?…家族になれたからと言って、それが幸せな日々とは限らない」
「それは…それも、あるのかも…でも私は、杏寿郎となら幸せじゃない時も一緒にいたいって思うよ。辛い時や苦しい時も」
「そうだな…蛍がいてくれたから、俺もここまで歩んで来られた」
「喧嘩もしたしね」
「我儘も言った」
「欲張りもしたよね」
「弱音も吐いた」
「また柚霧の名を背負ったり」
「父上に我を通しもした」
「知らない感情も生まれたし」
「名付けて貰ったな。心というものを」
振り返っては、色付いていく。
綺麗なものとは程遠い。
暗く、澱み、沈んだ思いも数多くあった。
しかしそのどれもが御伽噺にはない。
自分達だけが作り上げた軌跡だ。