第32章 夜もすがら 契りしことを 忘れずは
「その名前を私が背負うのはおこがましい気もするけど…それでこの身を、煉獄の炎が焼いてくれるなら。私の犯した罪も、焼いてくれるのかもしれない」
悪鬼に対して炎を纏う杏寿郎とは違う。
その炎は自分自身に返ってくるべきだと、蛍は静かに言い聞かせるように呟いた。
蛍が己の罪として抱えるものがなんなのか、問わずとも杏寿郎も知っていた。
彼女自身がそれを枷として受け入れている。
姉の体を、命を、自身の牙で喰らったことだ。
「…蛍…」
「っあ。ごめん。暗い話をしたかった訳じゃないの」
神妙な杏寿郎の面持ちに対し、肩を竦めると蛍はばつが悪そうに笑い返した。
「杏寿郎のお陰で、姉さんの死は受け入れられたから。あれは全て私の所為だったなんて言わない。…でも、私は無関係だとも言わない」
「……」
「私がいて、姉さんがいた。二人で生きた道筋は、私達だったから辿った道。…炭治郎と禰豆子のようにはなれなかったけど…だからこれは私が背負うべきもの。私が背負って歩んでいくものだから」
二人から一人へ。
共に人生を歩んでいた足は一人減ってしまった。
けれども、だからこそ見つけられたものがある。
そんな自分と共に歩もうとしてくれる大切なひとを、歩幅を合わせて並んでくれる足を、再び見つけることができた。
姉の死が引き合わせてくれたなどとは言わない。
ただ自分が禰豆子であれば、今この浄化の炎を持つ男性(ひと)の隣にはいなかっただろう。
「煉獄の名を持つことができたのも…私が歩んだこの道だからこそだって。思っていても、いい、かな」
おこがましいけれど、と先程より小さな声で付け足して。緋色の瞳で杏寿郎を映して、苦笑する。
「杏寿郎が、見つけてくれて。私自身も、見つけ出したもの、だって」
そう思い、生きていてもいいだろうか。
遠慮がちな問いかけに、緋色とは異なる朱の強い双眸が重なる。
主張の強い色味とは裏腹に、眼光は優しく目の前の鬼を受け入れていた。
そう、鬼なのだ。
彼女は粉うことなき。
「煉獄の名は炎柱を背負う者の為にあるものだと、君は言ったな。俺も今、この名は君にこそあるべきものだと感じた」
それこそが奇跡のようだと思った。