第32章 夜もすがら 契りしことを 忘れずは
他愛ない、ともすればくだらない話が心地良い。
なんでもないことを素直なままに口にして、数多の輝きを二人で見上げる。
「この世で命を燃やした…あ。」
「ん?」
「あれ。あの星。他の星より光が強い星がある」
「ふむ? ああ、確かに」
「あれ、煉獄さんのお星さまかな」
「煉獄さん?」
「杏寿郎のご先祖さま。煉獄さん達の」
「成程」
「目玉親父さんも話してくれたように、きっと炎の呼吸を極めた人達だっただろうし。杏寿郎みたいな綺麗な焔色の髪をしていただろうし。あのお星さまみたいに、強い光を燃やすような生き様だったのかも」
「…言い得て妙だな」
「ふふ。そう?」
闇も深くなる深夜。星ひとつひとつの輝きが、澄んだ空気に曇りなく輝く。
一層光を放つ小さな小さな星屑は、火の名を持つ者達の灯火のようにも見えた。
「じゃああれは煉獄さんちのお星さま。ね」
「我が家の星か」
「うん。杏寿郎や千くんや…槇寿郎さんも。皆を照らしてくれたらいいな」
「無論、蛍のことも」
「え?」
「君も、煉獄さん。だからな」
駒澤村の神幸祭で交わした言葉を、今一度なぞらえる。
あの時は「未来の」と付け足していた杏寿郎が、笑みを深めてその先を止める。
はたと杏寿郎に向けた緋色の瞳が、不意に和らぐ。
しあわせというものを形取るように綻ぶ顔は、それが夢物語ではないことを実感していた。
口約束などではない。
形にして繋いでくれた杏寿郎との契りは、銀の櫛として頭に飾られてある。
「だが君の彩千代の姓も大切にしたいと思っている。姉君は俺にとって大きな恩義のある女性だからな」
「…ん。ありがとう」
櫛の飾られていない頭を、杏寿郎の肩に寄り添える。
「じゃあ煉獄さんと、彩千代さん、かな。二つも持てるなんて贅沢だなぁ」
「ならば俺も、君の姓を名乗ってもいいだろうか?」
ふくふくと嬉しそうに笑う蛍に、誘われるように杏寿郎が顔を寄せる。
「彩千代杏寿郎?…うーん…"煉獄"ほど杏寿郎の名を飾るのに、ぴったりな名字はないと思うけど…」
「合う合わないは関係ない。俺も君の姓が欲しい」
「私の?」