第32章 夜もすがら 契りしことを 忘れずは
「俺の命は…魂は、見えないものだろう?」
「? 普通そうじゃないの?」
「うむ。俺の命も、蛍の命も、基本は見えないものだ」
ごほん、と咳払いを一つ。
改めて告げ直すように、杏寿郎の声が静かに響く。
笑みを乗せて告げてきたものは、蛍には突拍子もないものだった。
頸を傾げて当然のことだと返せば、杏寿郎もその通りだとまた笑う。
「見えなくとも人はそこに魂と名付けた。命、心、生命。なんだっていい。その名が付けられた理由が蛍にはわかるな?」
何故そこに名は付くのか。
何故そこに名を付けたのか。
同じような問いを蛍から投げかけたのは、京都での初任務の時だ。
何故鬼は、自らに名を付けるのか。
群ることなく、触れ合うことなく、悠久の時を生きられるというのに。
そこには〝個〟があるからだと蛍は答えを出した。
鬼にも鬼の、心があるからだと。
「そこに…意味が、あるから…」
「うむ。俺もそう思う。見えなくとも存在するのは、ここに魂があると感じられるのは、他に向けた意思が、思いが、存在するからなのだと」
己の胸に当てた掌を、そっと伸ばす。
杏寿郎のその指先が触れたのは、蛍の頬だった。
「蛍への尽きない想いがある。伝えたい感情がある。その為に貫きたい意志が、譲れない思考が、寄り添いたい心がある。それはひとえに俺の魂が告げていることだ」
「……」
「全てひとえに、蛍と触れ合い生まれたものだ」
柔からな頬を指の腹で撫でて。
強い双眸を緩やかに緩めて。
とくりと深まる心音を立てる。
「誰かと触れ合うことで、想いを分かち合うことで、生まれるものだ。ただの一人でいたならば、存在し得ないものだと思う」
辿ればそれは、鬼殺隊としての魂もそうだ。
弱き人を守る為。家族を守る為。
倒すべき鬼への憎悪でも、見返すべき何かへの嫌悪も同じこと。
やはりそこに心が生まれるのは、他へ向けた意思が在るからだ。
「だから俺の魂はここにある。消えることはない、あの星々のように」