第8章 むすんで ひらいて✔
背を向けたところで、ふっと影が掛かる。
見上げて確認する前に背中に激痛が走った。
前回はこれで見逃して貰えたから、大丈夫だと思っていた油断が招いた結果だ。
「ぐ…ッ」
「今日こそは逃がさねェ…!」
背中を足で押し倒される。
見上げた先で間髪入れず頸を鷲掴まれて、一気に気道が塞がれた。
「その頸へし折ってやる」
「ぅ、く…ッ」
頸を鷲掴みにしたまま馬乗りになってくる風柱の顔が、間近に迫る。
血走った目に月明かりが逆光となって影を落として、気迫ある黒い顔はなんとも恐ろしい。
それでも大人しく頸をへし折られる気なんて到底ない。
いくら死なないからって、痛みまでなくなった訳じゃない。
激痛はあるし涙も出るし悶絶だってする。
いくら私が鬼だからって、柱は無遠慮過ぎるところがある。
自分の体は自分で守らないと。
その為にも、杏寿郎の地獄の訓練で身に付けている呼吸法だ。
「っ…」
歯を食い縛る。
鷲掴む手を上から両手で掴んで、意識が遠ざかる前にと集中した。
「!?」
呼吸法は、そもそも鬼との身体の差がある人間の為に編み出された技だ。
それによって身体能力の向上を促し、鬼と同等に渡り合えるように。
つまり鬼である私に、その呼吸法は元々必要ない。
元から人との間には諸々の差がある。
渾身の力で掴んだ手を剥がそうとすれば、僅かながら風柱の手が頸から離れていく。
力の押し合いで震える手で、それでもどうにか気道は確保できた。
すぅ、と息を吸い込む。
ひゅうひゅうと細い風が吹くような音を立てて、私の口から紡ぎ出される。
ミシリと腕に力が入った。
「言った、でしょ…喉を潰されるなんて、遠慮するって…!」
押し返す力が勝っていく。
驚愕の表情を浮かべる風柱の前で、いい加減にして欲しいと吐き捨てた。
「とんだ化け物を作りやがって煉獄の野郎…ッ」
化け物なんて呼び名、散々浴びせられたから今更痛くも痒くもない。
「責めるなら、私を、責めてよッ杏寿郎は関係ない」
これは全て私の我儘だ。
それに理由も訊かずつき合ってくれてるのは、杏寿郎の優しさだ。
もしそこに異論を唱えるなら全力で私が阻む。
杏寿郎は何一つ悪くない。