第32章 夜もすがら 契りしことを 忘れずは
日食のように金に光る縁を持つ瞳。
凛と強いその双眸が、愛情に満ち満ちていた眼差しを一瞬止めた。
「ぁ…で、でも…後ろは、もう…その…」
その目が微動だにせず見つめているのは、背を向けたままそわそわと恥じらい告げる蛍の姿。
「後ろ、はさっき…男、でいた時に、その…沢山、したから…それは、もう大丈夫、だから」
しどろもどろに告げながら、墓穴を掘っているのか。言い訳のように言葉を連なれば連なる程、顔の赤みが増していく。
「そっちばっかりじゃなくて…その、」
つい先程「精が欲しい」とはっきりと言葉にしたというのに。
瞬く間に恥ずかしがり屋ないつもの顔を見せる。
俯き語尾を弱めていく様は、数多の男に抱かれてきた遊女には思えない。
それは杏寿郎にだからこそ見せる顔。
そんな蛍だから尚の事、その一挙一動に心は揺さぶられるのだ。
羞恥を抱えながら絞り出した想いを拾い上げる度に、己の想いも膨らんでいく。
そわりと、己の奥底にある欲の入口を撫でられた気がした。
「わかった。後ろではなく前だな!」
「えっ…ひゃあっ!?」
よく通る声が、艶やかな雰囲気を残す寝室に響き渡る。
久方ぶりに聞いたような気もするその闊達さに、蛍が言葉を返す前に視界が回った。
無防備に晒していた体は受け身も取れなかった。
それでも蛍の体に衝撃はなく、力強い腕に易々と抱き止められる。
回った視界は天井を映し出す。
そこでようやく、杏寿郎の手により仰向けに抱かれているのだと悟った。
「ぇ…ぁ…杏寿、郎?」
「大丈夫だ、手荒なことはしない。痛かったらそう言ってくれ」
「ぃ、痛くはないけど。でもこれじゃ…」
「これなら俺の手も君の尻に悪戯はできないだろう」
「っ」
逞しい胸に背を預け、太い腕が胴体を抱く。
杏寿郎に背後から抱き締められる心地良さは知っている。
それでも横抱きに後ろから抱かれたことはあっても、己の体重を全てをかけて相手の上に寝そべり抱かれたことはない。
後孔への刺激がまだ残っているかのように、杏寿郎の指摘にじんと小さな痺れが走る。
その快楽と邪念を追い出すように、蛍は頸を横に振った。