第32章 夜もすがら 契りしことを 忘れずは
「む。どこか痛むか?」
「ぅ、ううんっ痛くはないよっないけど、」
「そうか。ならば」
目の前に何も縋るものがなく、不安定に手が空を切る。
「これじゃ──ぁっ」
その手が反射的に拳を握った。
意識するより早く、感覚に反応した身体がびくりとしなる。
蜜壺の中には、まだ杏寿郎の猛々しい雄が埋まっているのだ。
その形を隅々まで覚えた体はすっかり馴染んでいたが、意図的に刺激を与えられれば体内に捩じ込まれた異物であることを否応が無しに意識させられた。
熱く硬いままの陰茎が、ゆるりと動き出す。
同時に後ろから伸びた杏寿郎の手が、蛍の足の付け根に伸びていた。
まるで見えているかのように、的確に望んだところへ辿り着く。
太い指先であるにも関わらず、繊細な手つきで結合部から滲む蜜を指の腹に馴染ませると、つつ、と筆先のような仕草でなぞり上がった。
「ふあッン」
大きな杏寿郎の手で股を弄られれば、自然と脚は開いてしまう。
元々初めての体勢で不安定な中。無意識に足は布団について体制を整えようとした。
結果的に、無防備に晒された秘部の上の小さな肉芽。
散々快楽に溺れて赤く充血していたそこを、予想外のタイミングで刺激され、ひくんと顎が上がった。
「あっそこ…ッ?」
「後ろばかりですまなかった。前も丹念に可愛がらないとな」
「前、ってそっち、じゃ…ひぅッ!? あン…!」
「俺はここも"前"という意味合いで言ったぞ」
止めることも、意見を述べることも、瞬く間に送られる刺激に飲まれてしまった。
ずちゅりと卑猥な水音が立つ程、大きな律動で下から突き上げられる。
それだけでも喘ぎ鳴いてしまうというのに、ぬるついた指先が小さな肉芽も刺激してくるのだ。
下からなぞられるように撫で上げられれば、そこでしか感じ得ない快感が背中を走り抜く。
ぴたりと股に収まった杏寿郎の手は、激しい律動にぶれることはない。
指先で転がすように肉芽を弾かれ遊ばれると、体はまな板の上の鯉のように翻弄された。
「きゃうッァっ! ひぁ…!」
何も縋れない体は、ただただ与えられる快感に流されるしかない。
受け流すことはできず、全てを体内へと流れ込む濁流のような感覚に変えて蛍は鳴いた。