第32章 夜もすがら 契りしことを 忘れずは
「ここも、ここも、どこを愛でても蛍は愛らしい反応を見せてくれる。共に気持ちよくなれていると俺は思っている」
「っ…」
柔らかな桃尻を、触れるか触れまいかの距離で撫でられる。
腰のラインを、背の筋を、髪房を梳くように指を絡ませる仕草一つ、触れる肌に確かな感触はない。
優しく、繊細な手つきで触れてくる。
どこまでも丁寧な所作で、甘く囁く声で、覆い囲ったその身が逃げ出さないように。
「俺は大層気持ちよかった。蛍とだから感じ得られることだ」
恭しい口付けがうなじに下りてくる。
鬼の急所に残される、愛情の印。
ふるりと肌を鳴かせて、蛍はおずおずと振り返った。
顔が熱い。
いつも以上に熱を持っていることはわかっていた。
羞恥が浮く。
それでも全てを見通し、尚且つそんな君が好きだと抱き止めてくる杏寿郎には勝ち目などないことは見えていた。
所詮は勝ち負けでもない。
「…私、だけ」
それでも適わないと思ってしまうのだ。
「む?」
「私だけしか、気をやれて、ないよ」
結局のところ行きつくのは想いひとつ。
愛してやまない目の前の彼しか、見えなくなる程に溢れ出すもので。
「杏寿郎の…精、まだ…貰ってない」
恥じらいながらも濡れた瞳で乞う。
何度でも抱きたいと杏寿郎が告げてくれるように、何度でもその精を受け止めたいのは自分も同じだ。
「その気持ちよさを、私にも頂戴」
とろとろに溶けて混じり合って、互いの全てがひとつになるまで。