第32章 夜もすがら 契りしことを 忘れずは
「そんな大層なものじゃないよ」
「そうか? 俺には可憐で眩く見える」
「そんな…あやふやなものでもない、よ」
「そうか? だが俺には華奢で線も細く──」
身を捩りながらも、その目はしかと杏寿郎を向いていた。
頸からするりと下りた腕の先──蛍の指先が、止まることを知らない唇に触れる。
「ちゃんとここにあるから。強く抱いたって壊れたりなんてしないから。だから、触れて」
真綿のように、ガラス細工のように、優しく、甘く、触れられるのも好きだ。
快楽の波に飲まれるように激しく、想いの丈をぶつけられるように強く、抱かれるのも好きだ。
どちらであってもそれが杏寿郎の想いの形だということは知っている。
それでも今求めたのは、蝶よ花よと愛でられることではない。
「私のなかまで」
生きていると実感できる程の、互いの熱だ。
「…花嫁衣裳が見たいなどと言った癖にな」
一瞬目を丸くした杏寿郎の口角が、ふと緩む。
「結局は君の心と体を生まれたままのものにして、隅々まで味わい尽くしたくなる」
唇に触れた、鋭い爪を持つ細い指。
強さも儚さも兼ね備えたその指に愛おしく口付ければ、蛍はくんっと空いた手で杏寿郎の浴衣を握った。
「杏寿郎も。…生まれたままの姿を、私に頂戴」
「…仰せのままに」
口角を深めたまま、杏寿郎の指が今度は蛍の唇に添えられる。
「蛍。ここに口付けをくれないか。柔らかな君の唇を感じたい」
「ん…ぅ?」
羽織っていた浴衣を肌から滑り落としながら、杏寿郎の指が更に進む。
優しい口付けをくれる小さな唇をふにりと押して、そのままゆっくりと人差し指と中指を口内へと進み入れた。
「そう。いつもしているみたいに、可愛らしい愛撫を見せてくれ」
「んん…っふ…」
いつもなら唇と唇。
舌と舌で味わう愛撫。
それを太い指に懸命に舌を這わせ、唾液を絡ませ、吸い付き跡を残していく。
いつもとは違う視点だからこそ鮮明に感じる、蛍の唇の愛撫。
つい喰らい付きたくなる衝動を抑えて、その顔をじっと見つめた。