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いろはに鬼と ちりぬるを【鬼滅の刃】

第32章 夜もすがら 契りしことを 忘れずは



 その言葉が何を意味成すのかなど、問うまでもない。
 応える代わりに、肩に添えていた腕を杏寿郎の頸に絡める。
 再び落ちて来る口付けの雨を迎え入れるように、蛍はそっと目を閉じた。

 裸の心に触れ合うように、優しい接吻だった。
 音もなく幾つも降らしては、愛を数えるように。
 柔らかな甘い口付けをそっと味わう。


「…蛍…」

「ん、ふふっ」


 柔らかな雨は唇だけでなく、頬や耳朶、こめかみにも降り落ちる。
 少しのくすぐったさとじんわりと響く愛おしさに頬を綻ばせていれば、不意に身が軽くなった。


「ぁ」


 しゅるりと解かれた紐が音もなく布団に落ちる。
 軽くなったのは、腹部の帯の締め付けがなくなったからだ。
 視線を下げれば、唯一体に衣装を繋ぎ止めていた帯の繋がりを、杏寿郎の手で解かれていた。


「杏、寿郎?」

「ん?」

「…いいの? 着物が…」

「ああ。そのまま"そこ"にいてくれ」


 目と声で問えば、気にした様子なく杏寿郎は笑う。
 その手で帯を崩されれば、一糸纏わぬ姿となってしまう。


「それなら花嫁衣裳に染まる君を見ることはできる」


 帯を崩した手が、ゆっくりと丁寧に真白な着物を捲っていく。
 一枚一枚、花弁を捲るかのように。

 光が当たる角度により、朔ノ夜の鱗のように様々な色艶を反射させる花嫁衣裳。
 その全てを剥いた中心には、何より美しい女性(ひと)がいる。

 髪に差した銀の櫛以外には、何も身に付けていないまっさらな姿をしたひとが。


「嗚呼…本当に、綺麗だ」


 何度その姿をこの目にして、何度この高揚感を味わっただろうか。
 不可思議で鮮やかな花嫁衣裳の色味にも劣りはしない。
 たおやかで美美しい姿に、いつも五感を惹き込まれる。


「花一華の精のようだな」


 真白なアネモネに埋もれながら、一層透き通るような裸体を晒す。
 熱い溜息と共に感情を吐露すれば、透き通るその肌が赤く恥じらいだ。

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