第32章 夜もすがら 契りしことを 忘れずは
「私がいて、杏寿郎がいる。二人が傍にいて初めて、見える景色なんだろうなぁって。だからこんなに綺麗なんだろうなぁって」
背に回していた手を、そっと肩に移す。
自然とそれがあるべき形のように付かず離れず顔を退けば、同じに退いた杏寿郎の顔を見ることができた。
仄暗い部屋の中ではいつもと違って見える、焔色の髪。
淡い橙色に染まる金の糸のような髪は、神幸祭の夜に千寿郎と共に手にした小さな花火のようだった。
淡く小さく、それでもちりちりと花弁のような光を灯す。
先は燃えるように赤く、光を変えて。
反して暗い部屋でも導(しるべ)のような淡い光を持つ双眸は、月の如く。浮き上がるように静かに主張を灯す。
その金の輪に縁られた朱塗(しゅぬり)のような瞳孔。
更に奥底にある小さな眩い光は、瞬きの度に跳ねては踊るのだ。
ちかりちかりと、世界を照らすように。
「うん。…ほら、」
杏寿郎が蛍の瞳に転がる宝石を見たように。目を細めた蛍が目の前の光瞬く世界に笑みを深める。
きれい、と先に続けようとした言葉は飲み込んだ。
鮮やかな金輪の双眸に映る蛍の顔。
瞳の反射で映るそこに、杏寿郎の見る世界が色鮮やかに染まっていたのが見えたから。
「それも私達だけの"繋がり"だといいなぁ」
「俺達、だけの」
「うん。私と杏寿郎だから、見えるもの」
柔らかな金の糸に指を埋めて。くしゃりと絡み、同じように顔を綻ばせ蛍は笑った。
「二人だから、見られる世界」
その表情に射貫かれたように、杏寿郎は目を逸らすことができなかった。
笑う蛍を釘付けの瞳の中に捕らえたまま、ゆっくりと覆い被さるように影が傾く。
音もなく静かに重なる唇の熱。
そのまま太い腕に背を支えられ、蛍の体は柔らかな布団に沈んだ。
「…蛍と共にこそ見る世界、か」
まっさらな布団の上に波のように散る絹髪。
その横に手をついて顔を上げると、ゆらりと朱塗の瞳孔が揺らめく。
「ならば見るだけでは足りないな」
甘く誘う声に、熱が帯びた。
「俺の真髄まで、共に感じさせてくれ」