第32章 夜もすがら 契りしことを 忘れずは
(──あ)
ふとした瞬間だった。
それを思い出したのは。
「…杏寿郎」
「ん?」
「前に、話したよね。私に見える〝色〟の話」
『あか。あお。きーいろ』
『蛍ちゃん。そのお歌よく歌ってるけど、なんのお歌?』
『おうたじゃないよ。いろなの』
『色?』
『ねぇさんにもあるの。いろ。ほら、そこに』
物心がついた頃から見えていた。
ほんの淡く薄らとした程度だが、誰かの傍にある色が。
自分には見えて他人には見えないのだと知ったのは、怪訝な姉の顔を見てから。
それが人とは違うもので安易に話すべきではないと気付いたのは、周りの気味悪がる顔を見てから。
小さな行灯から漏れるような、仄かな色だ。
慣れれば見えていながら見ないようにすることもできた。
特に生活に支障もないから、そのうちに気にすることもなくなった。
偶に思い出すように口にしたのは、一人でいる時だけだ。
その色が鬼の眼を持つと、何故か明確に見えるようになった。
理由は未だによくわからない。
見えたからと言って何かが変わる訳でもない。
任務中の捜索で利用しようとしたこともあったが、その色が決定打になったことは一度もなかった。
また童磨が蛍の足首のリボンに眼球を同化させていた時は色など見えなかった。
体の一部だったからか、相手が力のある鬼だったからか、意図的に隠れ蓑にしていたからか。
その理由もわからない。
鬼や人の違いが色で見分けられる訳でもない。
存在意義も何もわからず、ただふとした時にそこに在るから見えるもの。
「ああ。血鬼術である影鬼とはまた違う能力だったな」
「能力と言ってもいいのか、わからないんだけど。ただ見えるだけだから」
杏寿郎も一度は興味を持ったが、己の色に目を向けたことはなかった。
己の色など知らなくても、見るべきものは見えている。
蛍の言う通り、血鬼術とはまた違うものだろうと理由もなく確信していた。
言うなれば炭治郎の感情まで読み取る嗅覚や、善逸の距離のある心音も的確に拾い上げる聴覚のようなものか。
五感が驚異的に鋭い者や、類稀なる体質を持つ者は鬼殺隊にも複数いる。