第32章 夜もすがら 契りしことを 忘れずは
その煌めくような日常が、どれだけ尊いものなのか知っている。
その眩く見える世界が、どれだけかけがえのないものなのか知っている。
(今度こそ、失わない)
だからこそ誓えるのだ。
全てを失くしてから自覚などしていられない。
そんな後悔は一度で沢山だ。
だからこそしかと手繰り寄せて、この腕で抱きしめて、守っていくのだ。
この愛おしい世界を。
「そ…れなら、私だって」
腕の中の体温から、不意にぽそぽそとくぐもった声がする。
「世界が色付いて、芽吹く世界を見たの」
ぽつりぽつりと思い馳せるように刻むのは、蛍の声。
「人だけじゃなくて、鬼のことからも目を逸らせない私と、杏寿郎が一緒に生きたいと誓ってくれたあの日」
京都の盆の夜(よ)。
数多の亡き魂を送り出す送り火を背景に、同じようにこの強い腕の中に包まれた時のこと。
感情の波に流され、こみ上げた涙で滲んだ視界。
群青色の夜空に浮かぶような五山の送り火も、連なり流れる沢山の灯籠による光の川も、ぼやけて滲んで残像のように浮かぶ。
淡く膨らみ、世界を柔く照らしていた。
「すごく綺麗だった。杏寿郎越しに見た、世界が」
あの日の光景は決して忘れはしないだろう。
言葉にならない沢山の感情を飲み込んで、ただただ眩い世界に涙した。
もしかしたらあの世界が変わって見えた日に、既に見つけていたのかもしれない。
自分をありのままのものとして、立てる場所を。